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日本人なら知っておきたい「朝鮮通信使」の嘘と真実

"友好の使節だった"と言われ、『世界記憶遺産』に登録する動きまで見せる「朝鮮通信使」。しかし李氏朝鮮アゲをせざるをえない韓国の事情を知ったうえで「朝鮮通信使」の真実を知りたいところ。また『日東壮遊歌』や『鈴木伝蔵事件』を知れば、韓国人の性格の原点を知ることもできるかもしれません。

更新日: 2015年06月24日

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ponco2さん

★「朝鮮通信使」の歴史的事実とは?

「朝鮮通信使」とは、室町時代から江戸時代にかけて「李氏朝鮮」より日本へ派遣された外交使節団のこと

江戸幕府は朝鮮通信使の来日については「貢物を献上する」という意味を含む「来聘」という表現を専ら用いており、使節についても「朝鮮来聘使」と称するのが一般的であった。

朝鮮通信使は《日本へ朝貢するため》に来ていた。日本の将軍が交代する毎に、贈り物を持って朝鮮と江戸を往復した

李氏朝鮮からは、江戸時代を通じて、都合12回、朝鮮からの特使(朝鮮通信使)が、来日している。

★しかし韓国の歴史教科書には…

【韓国の歴史教科書①】
江戸時代に、朝鮮から来日した朝鮮通信使は、《徳川幕府が経済的に困窮に陥ったために、先進文物を取り入れようと、李氏朝鮮王に懇願して招いたもの》だった

【韓国の歴史教科書②】
《日本は朝鮮を文化の先進国と考え、使節を派遣するよう要請》してきた。これに対し朝鮮では通信使を派遣したが、その一行はおよそ400余人になり、国賓として待遇を受けた

《日本は通信使の一行をとおして先進学問と技術を学ぼうと懸命》であった。したがって通信使は外交使節としてだけでなく、《朝鮮の先進文化を日本に伝播する役割》も果たした

「技術を学ぶのに苦労していた」のは、日本ではなくむしろ朝鮮の方であった。

よく、朝鮮通信使をさして、「日本に儒教をはじめ、さまざまな文化や技術を伝承した」と書いている教科書などがありますが、残念ながら、朝鮮通信使が日本に文化を伝えたなどという事実は、まったくありません

李氏朝鮮というのは並みの中世ではないのです。例えば車がない。輪っかがないんです。なぜかというと、曲げ物をつくる技術がない。木を曲げることができないから樽さえもなかった

★「李氏朝鮮」という暗黒時代だった当時の朝鮮半島

朝鮮の名は、李氏朝鮮初代の王「李成桂」が中国の明王朝に御伺いを立てて決定した名称【朝(貢ぎ物の意)鮮(少なしの意)で貢ぎ物の少ない国と言う意味】。

中国の朝廷が朝鮮王朝の王妃や王太子の廃立の決定権を掌握していた。また、国王以下朝鮮王朝の高官が明の使者を「三跪九叩の礼」(日本式に言うと土下座の意)で出迎えた。

http://co-yuusinsya.secret.jp/?page_id=926

李氏朝鮮には、支配階級の両班、中人、常人がおり、被支配階級の奴婢、白丁と言う制度があり、支配階級の最上位である両班は、中人、常人を使い奴婢、白丁から収奪をするだけで、労働をすることを蔑んでいた

李氏朝鮮時代の500年、支配階級は徹底した悪政を行い、極悪非道の利己主義によって国を支配しました。権力の座にすわった者は暴虐の限りを尽くし、民衆はただ搾取の対象でした

日本人の眼から見ると、当時の朝鮮半島は、李氏朝鮮という暴力団が、朝鮮半島内を縄張りとして身勝手な暴虐暴政を行っているだけの未開の地域でしかなかった

★現在の韓国人の素地を形成したとも言われる「李氏朝鮮」

李氏朝鮮は相互不信社会で、誰であろうと、いつどこで、誰に裏切られるかわからないという不安があり、お互いに嘘で騙し合っていた

日本では子供に「思いやりのある立派な大人になれ」と教えます。けれど、朝鮮では「とにもかくにも人の上に立て」と教えます。下になったら、何もかも奪われる。だから、どんな卑怯な手を使ってでも上に立った者が勝ちというのが、彼の国の古来変わらぬ常識だからです。日本とは、根底にある「常識」が異なるのです

★韓国が「李氏朝鮮」を"美化"するのには理由がある

現在の韓国では、李氏朝鮮を美化せざるをえない状況になっている。

朝鮮通信使についても同様で、あくまで「日本に対し文化を教えてやった立場である」としないと、韓国が捏造する歴史の整合性がとれなくなってしまう。

反日感情の一番大きな問題は、彼らが日本統治以前の李氏朝鮮を知らないということ。要するに「今の自分たちのようにとてもよい暮らしをしていたのに、ある日突然日本が襲ってきて」という錯覚が問題。それ以前は奴隷社会だった

停滞した李氏朝鮮の水準から一躍近代社会をもたらしたのは他ならぬ日本統治である。が、それを認めたくない。そこで一方で李朝時代を文明度の高い時代として位置づけ、他方、日本統治時代を過酷なものとして描く

今日多くの韓国人は李氏朝鮮がいかに地獄の様相を呈していたかを教えられる事はありません。韓国政府が都合良く作り上げた大嘘の国定教科書で勉強し国民のほとんどがそれを信じています

★実際は《民度の低い盗人集団》だった「朝鮮通信使」

江戸時代、大名たちは、家の格を守るために幕府に忠誠を尽くす必要がありました。戦争があれば武功で忠義を示すことができます。しかし、江戸時代は戦争がない時代です。大名たちは、幕府のために熱心に朝鮮通信使を接待しました

江戸への旅で、過剰な接待を受け続けた朝鮮通信使の一行は、甘やかされた子供のように、しつけをしていない犬のように、どんどん傲慢になり、有頂天になって傍若無人な態度をとるようになっていきました。それは、もはや不良中学生の修学旅行の一行でした

船着場から上陸して町の中をうろついていた朝鮮通信使一行が、町人が飼っている鶏を盗んで逃げようとし、日本人とけんかになっている。

欲しいと思った物は、力ずくだろうとなんだろうと、何がなんでも手に入れようとする執念を持っていた

宿泊施設の旅館では、部屋にある布団から、花瓶や、食器、掛け軸まで盗まれた。朝鮮通信使が去った後の部屋は、まさに「引っ越した後の空き家」状態になったといいます

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