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テロリストなのに政治家!?謎のテロ組織「ヒズボラ」とは

本記事では、レバノンのイスラームシーア派の過激派「ヒズボラ」についてまとめます。恐らく、テロリストと認定されている組織の中で、一番政治的影響力を持った組織です。

更新日: 2015年07月29日

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この記事は私がまとめました

islamyさん

国会に議席を持っているテロリスト「ヒズボラ」とは?

「ヒズボラ(Hizballah)」とは、1982年のイスラエルによるレバノン侵攻を受けて結成された、現在もレバノンで活動をしているシーア派イスラム主義のテロリスト。しかしなんと、レバノンでは正式に政治組織として活動しており、2009年に行われた最新の選挙(2015年6月19日現在)では128議席中「12」もの議席を獲得している。
また、ヒズボラは同じシーア派国家のシリア・イランと大変な友好関係にあり、多額の資金や兵器、両国による軍事顧問から戦術指導などを受けている。(1990年頃には朝鮮人民軍の軍事顧問による指導も受けた)
指導者は「ハサン・ナスラッラ―」。
※Hizballahはアラビア語で「神の党」を意味する。

ナスラッラ―師はヒズボラの議長です。

レバノンとその周辺の地図

レバノンは小国ですが、ヒズボラの力は強大です。

ヒズボラは、特に隣国のシリアから多額の支援を受けています。

ヒズボラの目的は?

1985年、ヒズボラはある4つの宣言をした。
1.(最終的に)イスラエルを抹殺するための準備として、現在(1985年当時)レバノンにいるイスラエル軍を撤退させること。
2.レバノンからあらゆる帝国主義を追放する
3.キリスト教マロン派系の極右政党や、民兵組織であるファランヘ党を正義(ヒズボラ)の支配の下に置き、その犯罪行為を裁判にかけること
4.レバノン国民に自由を与え、希望する統治体制を選択する機会を与えること
特に、1の宣言は今でも実行しており、1985年当時から大規模~小規模の戦闘が続いているが、これはレバノン軍とイスラエル軍との戦闘ではなく、ヒズボラが勝手にイスラエルと戦闘を行っているだけである。

ヒズボラの兵士とレバノン軍兵士は異なる存在です。ヒズボラという政党の私兵だと考えて頂くのがいいかもしれません。

イスラエルとの確執

そもそもヒズボラは、イスラエルによるレバノン侵攻を受けて組織されたため、現在もイスラエルとは敵対関係にある。そのためヒズボラは度々、イスラエルによるレバノン侵攻以降、国内に駐屯していたイスラエル兵の殺害やユダヤ文化センター・外国のイスラエル大使館の襲撃などを繰り返していた。

イスラエルによる第二次レバノン侵攻

前哨戦

 2006年7月12日午前9時、ヒズボラは、イスラエルへ侵攻するための陽動作戦として、レバノンとイスラエルの国境沿いにあるイスラエルの町へ「迫撃砲」や「カチューシャ・ロケット」を次々と発射し、イスラエル側に11名の犠牲者を出した。そして最初の攻撃から5分後、ヒズボラはイスラエルの国境を侵犯し、付近を偵察をしていた5人組のイスラエル軍部隊に対戦車ミサイルを発射し、イスラエル軍兵を3名殺害、2名を捕虜として撤退した。
これを受けてイスラエル軍は、拉致された二人の解放を目的に戦車でヒズボラを追いレバノン領内へ入るが、地雷を踏み乗員が4名死亡、1名が脱出したが射殺された。益々被害を拡大したイスラエルはヒズボラに対して宣戦を布告した。
※ヒズボラとイスラエル間との戦争のため、レバノン軍とイスラエル軍が直接戦闘をすることはなかった。

宣戦布告後

イスラエルはまず、ヒズボラの支配地域のレバノン南部に対して空爆を行っていたが、その後様々な理由を付け、空爆は全土に広がっていき、国連レバノン暫定軍の監視員4名(中国・フィンランド・オーストラリア・カナダ)が死亡した。
当初、イスラエルは空爆のみでヒズボラを壊滅させる事が出来ると考えていたが、予想通りには弱体化せず、2006年7月17日、イスラエル陸軍は越境してレバノン南部への侵攻を始めたが、地の利があるヒズボラにイスラエル軍は苦戦し、119人の死者と400人以上の負傷者を出したため、2006年8月14日、イスラエルとヒズボラは停戦条約を結び、イスラエル軍は国境沿いの数か所を除いてレバノンから撤退した。

停戦後(イスラエル側の反応)

停戦後、イスラエル国内では100人以上の戦死者を出しながら、ヒズボラの脅威を完全に取り除くことはできず、イスラエル北部の軍事的安定はおろか、同戦争の発端であった拉致された兵士2名の解放すら実現できなかった事に批判が高まり、責任を問われたオルメルト政権(当時)は求心力を失うことになった。

停戦後(ヒズボラ側の反応)

2006年8月14日の停戦成立後、ヒズボラの議長「ハサン・ナスラッラ―」は、イスラエルに対する歴史的勝利を宣言した。そして直ちにイスラエル軍の攻撃によって家を失ったレバノン国民に対し、復興支援として一人当たり1万ドルという巨額の資金援助をし、ヒズボラの人気(特にシーア派国民からの)は益々上がることになった。

ヒズボラの保有兵器

小火器

AKS74Uクリンコフ

名称不明(単に私が知らないだけです)
分かり次第名前と参考画像を追加します。

無人偵察機

Mohajer-1

この写真の機体は参考画像で、ヒズボラの所有物ではありません。
イランから供給されました。

無人機

Mohajer-4

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