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医師免許を持つ囲碁棋士、坂井秀至八段の経歴がすごすぎた!

京大卒、医師免許、棋士、タイトル獲得経験あり。なんでもあり!

更新日: 2015年06月24日

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learningさん

坂井秀至八段

生年月日:昭和48年4月23日
出身:兵庫県
師匠:佐藤直男九段

脅威の経歴、学歴!

灘中→灘高→京都大学

──灘校を受験しようと思われたきっかけは何ですか。
坂井 私が生まれ育ったのは兵庫県三田市で、灘校からは少し離れていることもあって、灘校を受験するのがあまり一般的な地域ではありませんでした。実際、通っていた小学校から灘校に合格したのは、創立以来、私が初めてだったそうです。

──そんな短期間で難関の灘校入試を突破するのは大変なことだと思いますが、自分なりに工夫した勉強法はありますか。
坂井 他の受験生に比べると短期間だったかもしれませんが、小学5年生からは家庭教師についていましたし、名人戦以降は塾に通い、完全に囲碁を断ち切って猛勉強しました。休みの日などは1日12時間以上勉強していたと思います。また、当時の灘校の入試は3月で、現在よりも約2カ月間余裕がありました。

京大医学部へ進学!医師に!

プロへの意欲はありましたが、一方で父のあとを継いで産婦人科医になろうとも思っていましたので、ずっと踏ん切りがつかないままでいました。

プロになる人の多くは高校や大学に進学しません。しかし、いくら小学生のときに強くても、その先伸びるかどうかわかりません。決心がつかないまま、勉強と囲碁の両方を続けた格好です。

父が開業医で、小さい頃から医師は身近な職業でした。父の姿を見て、やりがいのある仕事だと感じていましたから、医学部を目指すことを決め、高校3年生からは囲碁を離れて、受験勉強に専念しました。両立は難しいと考えたからですが、正直なところ、2年も浪人することになるとは想定していませんでした。

受験勉強に関しては苦労した思い出が多く、とくに2浪が決まったときはかなり精神的に落ち込みました。結果的に、京都大学医学部に合格するまで、囲碁を中断する期間が長くなってしまいました。

学業は若干おろそかになり、1年余分に大学に通いましたが(笑)、2001年に医師国家試験を受けて、医師免許を取得しました。

なぜ医者をやめて棋士になったのか

坂井プロは京都大学医学部を卒業し医師免許をとられ、研修医として京大病院への就職も決まっていました

大学入学後、わが師である故・藤沢秀行先生に習いに行く頻度が増え、卒業2~3年前からは棋力が格段に向上していることを実感するようになりました。これならプロとして相当なところまで行けるのではないかと考えたのです。

卒業後、京大病院での研修も決まっていましたが、プロ活動と医業の両立がとてもできそうにないことがわかりました。でも、囲碁への思いを捨てることができなくて。家族にも相談したところ、「挑戦してみたら」との後押しをもらい、プロとして専念していくことを決意したのです。

もしこのまま医師になったら、子供時代からずっとやってきた囲碁の選手としての人生が事実上、終わるのだろうという思いもありました。それでいろいろと考えた末に「医師免許取得後、棋士に転向する」という結論を出したのです。

「棋士になっただけ」じゃない。囲碁の実力もものすごい!

7歳(小学校1年生)のときに、医師である父から囲碁の手ほどきを受け、小学校3年生のときにはすでに三段で打てるようになっていた。その頃から囲碁教室へ通い、小学校、中学校、高校のすべてで全国優勝。

京都大学医学部で学びながら、アマチュア本因坊戦やアマチュア最強戦をはじめとする数々の大会で優勝し、2000年には世界アマチュア選手権で優勝。アマチュア碁界屈指の強豪として、その名を知らしめた。

京大病院辞め28歳でプロに。そしてタイトルまでも獲得する

碁聖……囲碁界7大タイトルの一つ。トーナメント戦優勝者がタイトル保持者に手合五番で挑戦する。7大タイトルは他に、棋聖、名人、本因坊、十段、王座、天元がある。

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