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ジョンレノンの愛人だった「メイ・パン」とは?オノ・ヨーコの依頼で付き合った秘書

1970年代前半にオノ・ヨーコとジョン・レノンの関係が崩れた時には、秘書として雇われていたメイ・パンがジョン・レノンの愛人として一緒に同棲生活をしていた事が明らかになっています。メイ・パンによると、オノ・ヨーコの依頼もあったという事で、それは事実のようです。

更新日: 2016年06月23日

misukiruさん

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ジョン・レノンの愛人だったメイ・パン

ジョンがヨ-コの元を離れて秘書の中国人女性メイ・パン(May Pang)=公式サイトとロスで暮らしていた時期があった。

*1970年代の前半

安田財閥直系として大金持ちだったオノ・ヨーコは、ジョン・レノンと付き合いますが、うまくいかない時期があり、その時期に秘書だったメイ・パンをジョン・レノンにあてがいます。

ジョン・レノンとオノ・ヨーコの個人秘書として雇われていたメイ・パンですが、ジョン・レノンと愛人関係になっていきます。メイ・パンは、移民という出生からして愛人以上にはなれない事は、本人も良く理解していました。

左側からNigel Olsson, May Pang, John Lennon, Jozy, Neil Sedaka

ジョン・レノンの愛人として付き合ったメイ・パン

オノ・ヨーコがメイ・パンをあてがったという話は、オノ・ヨーコも認めています。

ねえメイ、彼があなたのことを気に入ってるのはわかってるわ。もし彼があなたと出かけたいって言ったら、従ってちょうだい”

*オノ・ヨーコは、メイ・パンにそう言ったと。

ドラック依存、過剰な性欲を持て余しながらもヨーコとの性交渉は彼女が拒絶していた事によって殆どなく、元の不倫相手であるメイパ ンとの関係は続けていた

*ジョン・レノンには、オノ・ヨーコ以外の相手が必要となっていた訳です。

ジョン・レノンの愛人として、堂々と社交の場にも顔を出していました。

出典imgur.com

メイ・パンは、ジョン・レノンと一緒に取材陣のインタビューなどにも応じています。

「メイ・パン」とは、誰なのか

メイ・パンは、マンハッタンで生まれて、中国からの移民の娘であり、ニューヨークのスパニッシュエリアで姉と義兄がいました。

Pang was born in Manhattan. She is the daughter of Chinese immigrants and grew up in New York's Spanish Harlem with an elder sister and an adopted brother

1971年10月9日に開催された Everson Museumで開催されたショーにおいて、メイ・パンがオノ・ヨーコをサポートしてコーディネーターを勤めています。

Pang coordinated an art exhibition in Syracuse, New York, on October 9, 1971, for Ono's This Is Not Here art show at the Everson Museum.

オノ・ヨーコ公認の元で付き合う事になる

オノ・ヨーコは、メイ・パンが愛人になる事を提案して、生活に困らない金銭を与えたとも言われています。

レノンがパンのセクシーさに気がついたとオノ・ヨーコが発言したが、パンはレノンは自分の雇用者であるし、結婚しているので関係を持てないと拒んだ。

She pointed out that Lennon had said he found Pang sexually attractive. Pang replied that she could never start a relationship with Lennon as he was her employer and married.

秘書であった彼女をジョンいあてがって(言葉が悪いですけど)二人でロス(レコーディング)に行かせました。

1973年から1974年にかけて、ジョンレノンは、LAでメイ・パンと一緒に過ごす事になりました。

2人の仲は、多くのメディアにも取り上げられていました。ジョン・レノンは、当時では珍しいアジア女性の魅力にとりつかれていたのでした。

様々なパーティなどにジョン・レノンと一緒に顔を出す事も多かったメイ・パン。心境としては複雑なものがあったでしょうけど、彼女なりの選択だったのでしょう。

1974年6月メイ・パンと暮らすLAの借家で新曲のデモ録音。多くの曲はアルバム『心の橋、愛の壁』の収録曲となる。

1年後、ヨリを戻したレノン夫妻だが、パンとの情事はレノンが亡くなるまで続いたという。

美人という感じでもないですが、アジアのエスニックな感じは当時のヒッピーの間でもウケが良かったということです。

ジョン・レノンの荒れ果てた生活

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misukiruさん

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