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残酷すぎる運命!動物に育てられた野生児…大半が短命で人間社会には戻れず

生後に捨てられたり、獣が人間の赤ん坊をさらったり、遺棄された子供を拾ったりして、そのまま動物 によって育てられた野生児。しかしその後人間社会に保護された人間は、数年で死んでいくなど環境の違いが短命にさせているようですが、どちらにしても残酷な運命です。

更新日: 2017年04月30日

egawomsieteさん

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■「猿に育てられた少女」とインドの“闇”…捜し続けた親、警察は「助けてほしければカネよこせ」と言ったと訴えた

インド北部の森で発見された裸の少女が、波紋を広げている。

 8~12歳とみられた少女は言葉を全く話せず手も使って歩くなど、当初はサルに育てられたとの憶測が飛び交った。しかし徐々に明らかになってきたのは、腐敗や貧困などインド社会に巣くう闇だ。

AP通信などは4月はじめ、インド北部ウッタルプラデシュ州の森で今年1月に少女が見つかっていたと報じた。森林管理の担当者が発見したときにはサルのグループと一緒で、衣服を着けてない上に四足歩行し、人間に向かってキーキーとほえるようなしぐさもみせたという。連絡を受けた警察が少女を救い出そうとするとサルが追いかけて襲いかかり、何とか引き離すことができたともいう。

 少女は病院に収容されたが、当初は動物のように床から食物を食べ、トイレも使えなかったという。

 タイムズ・オブ・インディアが電子版で「サルと生活する少女発見」と報道するなど、事件はインドで大きな注目を集めた。人間の子供がオオカミなど動物に育てられる小説やアニメを引用し、現代版「ジャングルブック」と報じるメディアもあった。

しかし、少女はまもなく人間らしい振る舞いを回復してきた。また診断によって、精神と肉体に障害があることも判明した。

 発見されたのは森の奥ではなく道路に近いところだったこともあり、比較的最近、放置されたとみられる。英ガーディアン紙は「家族は面倒を見たくなかったというのが真相だろう」とする人権活動家の見解を報じた。背景には、女児より男児を好む一部風習や、障害を持つ子供に対するインド政府の援助の貧弱さがあると指摘した。

 ところが4月なかば、同じウッタルプラデシュ州内の45歳と35歳の夫婦が、「少女は自分たちの10歳の娘だ」と名乗り出た。

 英紙インディペンデントなどによると、夫婦は昨年3月、混雑する市場で買い物中、ほんの少し目を離したすきに娘を見失ってしまったとしている。娘は精神的に安定しないところがあるという。

捜査にはカネ

夫婦は翌日、警察に届け出たが受けつけてもらなかった。仕方なく自分でビラをつくって張り出すなどして捜したが、手がかりを得られず、誘拐されたか亡くなったものと希望を失いかけていたという。

 「私たちが警察を訪ねるたびに、『助けてほしければ金をよこせ』と言われた。どの警察官もとりあってくれなかった」

日雇い労働者の父親は英紙デーリー・メールに、あからさまに金銭を要求する警察への怒りを話した。

 夫婦は少女の発見を伝える報道を見て自分たちの娘だと確信し、収容されている福祉施設をたずねて面会した。父親は「じっと私を見つめ続けた。それが彼女の普通の反応だ」と話す。

 ただ施設側では、面会の際に少女が「父親」に反応しなかったとし、引き渡しには正式な親子関係の確認が必要だとしている。

 父親は「娘がどうして森にいたのか、どうやって生きてこれたのかも全くわからない」と話す。少女は7人の子供のうちのひとり。親子関係を証明するDNA検査のためにも、お金が必要だと訴えている。

■人間にとって生後3~4年の期間は一生に影響を及ぼす

生後から動物に育てられ、その後人間社会に保護された人間は世界中に例があるが、それらの人間たちは保護されてから数年で死んでいく者が多い。

動物社会から人間社会へ移るとなぜか短命なのである。それは環境の激変によるストレスが原因ではないかと推測されている。他の動物に襲われるという命の危険はなくなったものの、幼いころから身に付いた動物社会と、教育がなされる人間社会とでは環境が違い過ぎるのだ。

逆に人間社会で暮らしていた者がある日を境に森で動物として暮らさなければならなくなったとしたら・・草を食べ、他の動物を殺して生肉を食べる、家もない、こういった生活になった時、どれだけの人が何年生きられるであろうか。

■カマラとアマラのオオカミ少女

オオカミに育てられた子供として有名なのが、1920年にインドのカルカッタの西100kmほどのジャングルで発見された2人の少女である。

「動物とも人間とも分からない生き物がジャングルに住んでいる。」という、地元住民の話を聞いてシング牧師がこのジャングルの中を調査し、オオカミの住んでいるらしき穴を発見して双眼鏡で観察していたところ、その穴から2人の人間が出てきた。

2人を保護したシング牧師は、自分の経営する孤児院に連れて帰った。2人は共に少女で、一人は推定8歳、もう一人は推定1歳半と思われた。また、2人が連れさられたのは共に生後半年くらいの時期だろうと推測された。

8歳の方はカマラ、1歳半の方はアマラと名付けられた。2人とも言葉はしゃべれず四つんばいになって歩き、四つ脚歩行のためか、脚の指は開き、手は長くなっていた。好きな物は生肉で、昼の光を嫌い、夜になると活発になって遠吠えをする。相当寒い日でも裸で地面に横たわって寝ていた。


シング夫妻はこの少女たちに人間としての教育を少しずつ行って育てていったが、知能はなかなか向上しなかった。最初の言葉を発したのは幼い方のアマラであったが、それでも孤児院に来て二ヶ月後だった。年長者のカマラの方はそれよりもかなり遅く、2年後にようやく言葉を発することが出来た。

幼いアマラの方は1年後に病死したが、年長のカマラの方は推定年齢17歳まで生きた。3年目にやっとヨチヨチ歩きが出来るようになり、二本脚で歩けるようになったのは5年目の頃からだった。死ぬまでに覚えた単語は40ほどで、急ぐ時には最後まで四本脚だった。

■ニワトリ小屋で育った少年:スジット・クマール (フィジー)1978年

スジットの両親が、彼を鶏小屋に閉じ込めたため、彼は普通の子どもの行動ができなくなった。母親は自殺し、父親は殺されてしまったため、祖父が彼の面倒をみることになったが、鶏小屋での監禁は続いた。道の真ん中で食べ物をがつがつ食べ、羽ばたく真似をしていて発見されたとき、8歳だった。

 彼は食べ物を口でついばみ、止まり木にとまるように椅子にうずくまり、舌でチッチッという音を出した。指は内側に曲がっていた。ケアワーカーによって年配者の家に引き取られたが、攻撃的な行動を見せたため、20年以上ベッドに縛りつけられていた

■野良犬の群れのリーダーとなった少年:イヴァン・ミシュコフ(ロシア)1998年

家族に虐待されていたイヴァンは、4歳のときに家を逃げ出した。ストリートで物乞いをして生活するうちに、野良犬の群れと信頼関係を築いて、エサをシェアするようになった。犬たちも彼を信用するようになり、ついにイヴァンは群れのリーダーになった。

 2年間、こうして生活したが、つかまって児童保護の家に送られた。ある程度言葉が話せたし、犬との生活が短かったせいか、比較的早く人間性を回復し、今は普通の生活を送っている

■シャンパーニュの野生少女:マリー・アンジェリク・メミー・ル・ブラン(フランス)1731年

10年間、彼女はフランスの森をずっと歩き続けていた。鳥やカエル、魚、木の葉、木の枝、木の根を食べて、棍棒で武装して、オオカミなど野生動物を撃退した。

19歳で捕えられたとき、肌は真っ黒で毛が生え、爪も鉤爪のようになっていた。メミーはひざまずいて水を飲み、左右を繰り返し横目でにらみ、常に警戒する様子を怠らない。話すことはできず、金切り声をあげるだけ。ウサギや鳥の皮を剥いで、生のまま食べ、何年も調理されたものは口にしていない。木の根をほじくり出したり、サルのように木から木へ飛び移ったりするためか、親指は変形していた。

 1737年、ポーランドの女王でフランス女王の母が、フランスへの旅の途中、メミーに狩りの共をさせ、そこで彼女は誰よりも早く走ってウサギを捕えたという。野生生活からの回復はめざましく、裕福な支援者のもとで、読み書きを学び、フランス語を流暢にしゃべることができるようになった。1775年、パリで裕福なまま63歳で亡くなった。

■サルと暮らした少年:ジョン・セブンヤ(ウガンダ)1991年

1988年、ジョンが3歳のときに父親が母親を殺すのを目撃してしまい、家を逃げ出した。ジャングルの中に逃げ込み、それ以来そこでサルたちと暮らした

1991年に捕まり、6歳で孤児院に送られた。そのとき、彼の全身は毛で覆われていた。

 おもな食料は木の根、ナッツ、サツマイモ、キャッサバで、腸内の寄生虫が異常に発達していて、1メートル以上もの長さの寄生虫が発見された。サルのような歩き方をしていたため、膝には固いたこができていた。ジョンは読み書きや人間らしい行動を学び、さらにすばらしい声をもっていたため、アフリカの子どもたちの聖歌隊に所属し、イギリスツアーも行ったことで有名になった。

■サルに育てられた少女:マリーナ・チャップマン(コロンビア)1959年

1954年、マリーナは5歳のときに南米の人里離れた村から誘拐され、ジャングルの中で置き去りにされた。ノドジロオマキザルの家族と5年間共に暮らし、ハンターによって発見された。ベリーや木の根、サルが落としたバナナを食べ、木の洞で眠り、四つん這いになって歩いていた。

 あるとき、悪い食べ物にあたったことがあり、年長のサルに水を飲まされて毒素を吐き出したため、回復したという。若いサルたちと仲良くなり、木登りや安全な食べ物について学んだ。木の上で一緒になって座り、遊んだり、毛づくろいもした。

 ハンターに見つかったときは、完全に言葉を忘れてしまっていて、風俗のお店に売られてしまった。そこを逃げ出してストリートチルドレンになり、さらにマフィアの家族の奴隷のようになった

隣人に助け出されてボゴタへ行かされて、そこで隣人の娘夫婦に引き取られた。彼らは自分たちの5人の実子とともにマリーナを育てた。

 十代半ばのとき、家政婦と乳母の仕事が舞い込み、1977年にその家族と共にイギリスのヨークシャー、ブラッドフォードに引っ越した。現在もそこに住んでいて、結婚して子どももできた。マリーナは次女のヴァネッサ・ジェームズと共同で、自身の野生生活をつづった本『失われた名前 サルとともに生きた少女の真実の物語』を出版した。

■犬とともに暮らした少女オクサナ

83年、旧ソ連、現在のウクライナに生まれた少女オクサナ。両親が面倒を見なかったため、3歳ごろから家の犬小屋で生活を始めました。犬の群れの中で生活するようになった彼女は、人の言葉を話さず、吠え、4本足で走り、食べる前には臭いをかぎ、まるで犬そのものだったそうです。

8歳ごろに付近の住民に発見され保護。以後、施設で生活し、言葉を理解、話せるようになり、犬のような行動も減ったそうで、牛の世話をしながら暮らしていると言われています。

■ヒョウにさらわれた少年/インド(1912)

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