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世界遺産 姫路城

姫路城は奈良の法隆寺とともに日本で初めて世界遺産に登録された、日本を代表する建築物の一つで、日本屈指の名城です。城壁が白く美しく、羽を広げた白鷺のように見える事から、「白鷺城」とも呼ばれます。5年半にもおよぶ平成の大修理を経て、平成27年3月27日に再び私たちの前に姿を現しました。

更新日: 2017年04月21日

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buhi21さん

世界遺産 姫路城

姫路城は日本で初めて世界遺産に登録された、日本屈指の名城です。高くそびえる4つの白い大小天守とそれを囲む城壁は、その姿を白鷺に例えられ白鷺城とも呼ばれます。

現在の姫路城は、江戸時代初期に播磨一国を与えられた池田輝政が豊臣時代のものを大規模に修築したものです。
池田輝政は関が原の戦いで功績を上げ、後に西国将軍、姫路宰相と呼ばれた人物です。
関が原の戦い後に建てられたため戦災にあうことなく、天守や櫓等の主要な建築物は当時のまま現存しています。

平成の大修理が終わり、平成27年3月27日に姫路城はグランドオープンしました。この映像はそれに先がけ報道関係者向けに実施した姫路城大天守内覧会の様子で­す。姫路市役所が作ったものです。

姫路城の地図です。こちらは有料エリアのみの図となっています。入城口の手前にある三の丸広場や周囲を囲む内堀を含めると、見学できるエリアは更に広くなります。
また、内堀の周囲を散策すると石垣をあちらこちらで見つける事が出来ます。一般的に姫路城は内堀の中だけと思われがちですが、その周囲には外堀があり広大な要塞でした。

姫路城 入城口まで

出典smcb.jp

現在の姫路城の玄関口となる門です。
JR姫路駅から大手前通りを真っ直ぐ北上すると、突き当りが姫路城大手門前となります。

手前に見えるのが、姫路市街地と姫路城を繋ぐ桜門橋です。桜門橋は2007年に架けられた木橋です。

現在の姫路城の入り口は大手門となるため、姫路城の堀といえばこの内堀を指します。
昔は中掘、外堀があり更に広い敷地が姫路城の敷地でした。

内堀の外側を歩くと、石垣があちらこちらに残っているのがわかります。

姫路城の内堀では、和船が行き来していました。
その和船を現代に復元したのが、この姫路藩文化観光学習船です。
姫路城の石垣や姫山樹林などを、普段では見れないより近い場所から見学する事が出来ます。

姫路藩文化観光学習船
http://www.city.himeji.lg.jp/info/events/_11343.0.893197.article.html

大手門をくぐると、大きな広場があります。こちらが姫路城三の丸広場といい、姫路市民の憩いの場です。
春には多くの花見客が訪れる花見の名所でもあります。

東側には姫路動物園の入り口があります。

姫路城 有料見学エリア

菱の門は二の丸の入口を固める目的で作られた櫓門です。
両側の柱の上部にある冠木に菱の紋があるため、菱の門と呼ばれています。
菱の門は姫路城内でもっとも大きな門で、その姿は安土桃山時代の華やかな建築様式で作られています。

三国堀は、菱の門を入ってすぐ右側にある空堀です。現在は水が溜まっており防火用水になっています。

本丸がある姫山と、西の丸がある鷺山の間の谷を利用したもので、菱の門から入ってきた敵兵を、本道と間道の二方向から挟み撃ちにするためにこの位置にあるそうです。

ちなみに三国濠の名前の由来は、播磨、淡路、備前の三国から人足を集めて築いたからだといわれています。

千姫ゆかりの西の丸を見学するルート

写真は西の丸とそれを囲むように造られた櫓郡です。

手前に写っているのが、千姫ゆかりの化粧櫓です。写真奥に写る渡り櫓の内部はには、百間廊下といわれる長い廊下があります。

左側の空間が西の丸になります。

西の丸の南西にあるワの櫓は、百間廊下から化粧櫓へと向かう見学ルートの入り口となっています。

百間廊下は300mもの廊下で、そこには千姫に仕えた侍女たちがいた部屋が並んでいます。
一番奥には千姫が休息に使ったとされる化粧櫓があります。
千姫はこの百間廊下で、男山千姫天満宮を拝んでいたそうです。

千姫がいた2層の櫓です。百間廊下から見える男山千姫天満宮を朝夕遙拝していた千姫が、ここで休息を取ったということです。

千姫の化粧料で建てられたため、化粧櫓と名付けられたそうです。

現在は千姫が貝合わせをして遊んでいる人形が展示されています。

西の丸を通らず天守閣へ向かうルート

菱の門から中にはいると、正面にあるのが「いの門」です。小さな門ですが石垣の上には銃眼がたくさん並んでおり、簡単には中に入れないつくりになっています。

「いの門」からさらに中にはいると、正面にあるのが「ろの門」です。こちらも「いの門」同様に小さな門ですが、簡単には中に入れないつくりになっています。

はの門が見えるこのアングルの姫路城は時代劇によく使われます。
有名どころでは暴れん坊将軍で江戸城として使っていました。

「にの門」の上には櫓があり、この下を通り抜ける必要があります。内部の通路はL字になっており、門を突破しても進入が難しいように作られています。

「ほの門」は高さ1mほどの穴門形式となっています。本丸に近いため門扉も重厚なものになっています。

上方にみえるのは、大天守の北西側にある乾小天守です。乾(北西)の方角にあるからだということです。

天守閣入り口への近道

ほの門を入ると、すぐ右に小さな門があります。
この水一門が、天守閣への最短ルートとなります。

戦時に敵兵がほの門を入ってきた時に死角になる位置にあり、門の向こう側は下りになっています。
他の門に比べみすぼらしく、また向こう側が下りになっているため、天守への道ではないと誤解することを狙ったということです。

水二門は水一門と同様に狭い門になっています。天守閣への最短ルートなので、敵兵の進行速度を遅らせるためと考えられます。

小天守や渡櫓からの攻撃もやりやすい構造です。

水三門は水二門よりもさらに狭い門になっています。
門を抜けると左に90度曲がりその先は階段となっているため、攻め側にとっては攻めにくくなっています。

水四門は水三門と同じく門を抜けると左に90度曲がりその先は階段となっています。
道筋はクランクのようになり、攻めにくい形をしています。

大天守と西小天守を繋ぐ二の渡櫓の下に設けられた門です。
外から見た場合、天守群の入り口になります。
中に入ると、さらに水六門が待っています。

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