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【孤高の漫画家】高野文子作品まとめ

独自の視点や画風を持った天才漫画家として知られる高野文子さんの作品についてまとめました。

更新日: 2015年07月21日

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bukurobakuさん

アングルの自在さ、遠近感の効果的な使用、トーンワークのうまさといったことから「物事を見たままに描ける作家」「最も視覚的なマンガ家」とも評されている

竹熊健太郎はつげ義春、大友克洋とともに高野を「音楽界で言うところの『ミュージュシャンズ・ミュージシャン』にあたるマンガ家」と評し、「高野文子の存在なくして後続の岡崎京子や桜沢エリカ、内田春菊、一條裕子といった女性作家が、今のような形で存在することもなかっただろう」と述べている

高揚紛れに高野文子さんの漫画を再読していた。黄色い本、何度も読んでいるのに面白い。自分の好きな人を大切にすることはそれ以外の人には冷たくすることになるんでねえの。

今日買った高野文子さんの漫画本当によかった…線も表現も美しくて可愛くてそのうえ面白かったから最強か…って感じだった。良い買い物をしたぞ…

高野文子さんのことを「漫画という世界を変えた人」って言ってたから読みたい 作者のクセとかを探してよむの面白そう

高野の処女作品集で、
1977〜1981年までの17作品が収録されています。

「ふとん」ではカジュアルな観音と遊ぶ少女の好き嫌いのはげしい感覚が、「田辺のつる」ではおばあちゃんになってまで生きつづけている少女感覚の怖い本質がずるずるっと引き出されている。とりわけ「田辺のつる」などは絶対に映画にはなりえないマンガ独得の手法もつかわれていて、ただただ感服させられた。

日常に何気なく落ちている悪意を拾い出して、
「こんなの見つけちゃった」と差し出されたような、
そんな無邪気さに、ほんとにどきりとさせられてしまう。

全ページの60%ほどを占める「春ノ波止場デウマレタ鳥ハ」が長さにおいても
内容においても一番の読み物である。

特に「春ノ波止場デウマレタ鳥ハ」は、
ノスタルジックでありながら安っぽいセンチメンタリズムに溺れることなく、
''野文子節ともいうべき清らかな凛々しさに満ちている。
少女達のまなざしは一度見たら忘れられない。
柔らかいようでいて迷いのない描線にもそれが表れているだろう。

高野文子さんの作品中、最も物語らしい物語、と言えるでしょう。
変わり者のお嬢様に仕えるデパート大好き少女が
ふとしたきっかけからデパートの店員から秘密の指令を受けて……という
50年代の米国映画や戦前の少年少女向け物語のようにオーソドックスな、
つまりは誰もが楽しめるお話です。
画面構成には工夫が凝らされており、
まさに映画を思わせるようなものになっています。
その分、やや展開の速度に欠けるかという気もしますが、
じっくりと読み込む楽しさがあるとも言えるでしょう。

戦前のマンガが復刻されたかのような錯覚を起こすレトロな画風に、凝りに凝った映画的なアングルが素晴らしい。天才、高野文子による初の長編作品。読み終わって幸せな気分になれること請け合いです。

1988〜1992年まで雑誌にて連載されていた人気作です。

バブルのさなか、稼ぎもせず、消費もせずにささやかな趣味に生きる「るきさん」とバリバリ働いて流行のブランドものを買いまくる「えっちゃん」という二人の仲良し独身女性が対比されながらも日常を織りなしていく。

両者を対比させながらも「えっちゃん」をマジョリティとして設定し、非対称的な関係に持ち込む高野氏の観察眼は素晴らしい。時代は高野氏の暗示どおり、完全にえっちゃん的にもるきさん的にもならずに、えっちゃんがるきさん的な生き方を羨み、無理して真似するというスタイルが定着しているように思う。

往年の読者にとっては、バブル期にあえて描かれたある種の意思表明として理解できるだろう。しかしいま初めて『るきさん』を読む若い読者が共感するのは、どちらかといえばるきさんのライフスタイルではないだろうか。

初めて読んだ時、今まで外に出す事のなかった自分の中の、自分にだけ広がっている世界が丁寧に、忠実に描かれている気がしました。
脳みそがくるんと裏返った感触です。
何かしら、物を作る人ならば、尚更是非読んでほしい。1コマずつ、丁寧に読んでほしい。
表現するという事の根っこの部分と天辺の部分が、同居しています。

ストーリーではなく、たとえば小津安二郎の映画がカットを多用しながら時間経過を刻む、
あの手法で、市民の日常という「小世界」をていねいに描いてゆく。
ドラマはない。しかし、平凡なわれわれ大多数の市民の暮らしとは、そうしたものなのだ。

2003年発表の作品集で、
手塚治虫文化賞マンガ大賞受賞作です。

「黄色い本」は、卒業を前に「チボー家の人々」を読み耽り、日常と作品の世界が分ち難くなる高校生の女の子の話です。彼女は、卒業後地元の衣料会社に就職しようとしているのですが、入社試験の勉強もせずにひたすら黄色い本、「チボー家の人々」を読みます。

本を読むってこういうことだ
そう教えてくれました。
実地子がジャックに対して抱いていた思いを、私は実地子に対して抱いてしまいました。

ほんの些細な日常の一瞬を鋭利に切り取り、この細い描線と独特な描画、そして現実と仮構が一体化(渾然一体化)したモティーフの下、デフォルメされた人物造型で、登場人物の深い内面までをも描き切ってしまう。本当に世界的な傑作であると思います。

高野文子が新作のテーマに選んだのは「科学者たちの言葉」でした。日本の優れた科学者たちが残した文章を、なぜいま読み返すのか。
その意義を、架空の学生寮を舞台に、「科学する人たち」と一組の母娘の交流を通じて丁寧に描いていきます。

うーん高野文子。あふれんばかりの高野文子。
p50,ナカヤ君のあたりの視線の縦移動が気持ちよすぎて癖になる。
上から下にスーッと流れる気持ちよさ。
大判ならではの生理的快感に酔う。縦書きの国でよかった!的な。
なんかこう、目のあたりがスーッとします。

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