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【現場画像多数】調布市住宅街に軽飛行機が墜落で大惨事に・・原因と身元判明 空域返還問題の再燃も

故障の原因はいったい何だったのか?亡くなった方々のご冥福をお祈りします・・・     日本エアロテック遊覧飛行川村泰史機長花房剛森口徳昭早川充田村康之鈴木希望さん調布飛行場焼死体事故炎上嵐セスナ小型機バイパー東京消防庁国土交通省東京空港事務所横田空域返還問題遠藤くに子欠陥オスプレイ危険民主党

更新日: 2017年03月15日

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SALT4987645さん

閑静な住宅街を突如襲った悲劇

東京消防庁によりますと、26日午前11時ごろ、東京・調布市の住宅街に軽飛行機が墜落しました。現場付近では黒い煙が上がり、軽飛行機のほか、住宅3棟と車2台が燃えているということです。
東京消防庁によりますと、逃げ遅れた人が、住宅に2人、軽飛行機に1人いるということです。このうち、住宅にいた1人を救出したということです。けがの程度など詳しいことは分かっていません。

国土交通省によりますと、墜落した軽飛行機は午前10時58分に調布飛行場を離陸し、離陸直後に南に1.8キロ離れた場所に墜落したということです。
国土交通省では現在事故の詳しい状況を調べています。

東京消防庁によると、住宅5棟と乗用車1台が燃え、住人と搭乗者の計3人の死亡が確認された。

現場は、調布飛行場の南東にある住宅街。近くに住む女性は「飛び立つのを見たが、墜落の瞬間は見ていない。すぐに『ドーン』というすごい音がして煙が上った」と緊迫した様子で話した。

軽飛行機は現場から約500メートル離れた調布飛行場を飛び立ったばかりだった。国土交通省東京空港事務所によると、同機の飛行計画では、午前10時45分に調布を飛び立ち、同11時45分に伊豆大島に到着する予定だったが、実際には13分遅れの午前10時58分に調布を離陸していた。

墜落した小型機の運航・管理を行っている「日本エアロテック」によりますと、小型機には機長を含めて5人が搭乗していたということです。
午前11時に調布飛行場を離陸して伊豆大島に向かい、日帰りで調布飛行場に戻る計画だったということです。
会社によりますと、小型機を操縦していたのは川村泰史機長(36)で、川村機長は操縦士の養成事業などを行う会社の社長をしていて、総飛行時間は数百時間だということです。

今回、墜落した小型機は、会社が管理している「パイパーPAー46ー350P型機」と呼ばれる機種の、通称「マリブ・ミラージュ」という単発のプロペラ機で、小型機のパイロットを養成する会社、「シップ・アビエーション」にリースしていました。小型機は、横浜市港北区の川村泰史機長が操縦し、東京・練馬区の早川充さん、東京・港区の森口徳昭さん、東京・文京区の花房剛さん、埼玉県三郷市の田村康之さん(51)の合わせて5人が搭乗していました。

入院したのは、東京・文京区の花房剛さん(35)と大阪・堺市の森口徳昭さん(36)の2人で、いずれも小型機に乗っていたとみられるということです。

小型機墜落に巻き込まれ死亡したのは、焼失した民家に住む、鈴木希望(のぞみ)さん(34)とみられ、今月、引っ越してきたばかりだったという。

亡くなった鈴木さんはケガをした母親と1か月ほど前に引っ越して来たばかりで、イヌを10匹ほど飼っていた。鈴木さんはイヌを助けようと窓から投げたりしたというが、自分は助からなかった。

川村機長とはどんな人物だったのか?

川村機長は、調布飛行場の敷地内に本社を置く小型機のパイロットを養成する会社、「シップ・アビエーション」の社長を務めていて、大阪の関西空港のウェブサイトによりますと、おととし関西空港で開かれた、パイロットを目指す子どもたちに向けた講演会で講師を務めていました。
このイベントの案内文に掲載されたプロフィールによりますと、川村機長は、アメリカと日本で訓練し、パイロットの資格を取得したあと、墜落した小型機の運航会社の「日本エアロテック」に入社し、おととし4月には飛行訓練の会社を設立して、社長に就任するとともに「主席飛行教官」を務めていると記されています。

小型プロペラ機が墜落し8人が死傷した事故で、操縦していた川村泰史機長(36)=死亡=は自身が経営する会社のホームページでパイロット養成をうたう一方、養成事業に必要な国の許可を受けていなかったことが27日、国土交通省への取材で分かった。

過去にも現場近くでは墜落事故があった・・・「いつか再び落ちるかもしれないと思っていました」

飛行場の近くには住まない方がいいかも・・・

当時から現場近くに住んでいる女性は、「この辺りの上空は調布飛行場を離着陸する飛行機の飛行ルートになっていて、過去にも近所の中学校に墜落したことがあるため、いつか再び落ちるかもしれないと思っていました。こんな住宅地の真ん中に落ちるなんてとても恐ろしいです」と話していました。

今回の現場近くでは、これまでにも小型機の墜落事故が起きています。
昭和55年には小型プロペラ機が調布飛行場を離陸した直後に、滑走路の南端から南東におよそ600メートルの所にある調布中学校の校庭に墜落し、乗っていた2人が死亡しました。
調布中学校は今回の墜落現場から200メートルほどしか離れていません。

絶対に乗ってはいけなかった機体

事故機を所有、管理していた会社の不透明な経営実態が明らかになってきた。同社関係者は、事故機について「『絶対乗ってはいけない機体』といわれていた」と証言。経営不振などを背景に、機体の整備が不十分だったという指摘も出ている。

過去には大阪と山梨でも同様の墜落事故があった

国内で、軽飛行機が住宅街に墜落した事故は過去にもある。2004年、JR甲府駅から北へ約1キロの住宅街に航空撮影中だった軽飛行機が墜落。操縦士ら乗員3人が死亡した。低空飛行し、大型クレーンを避けようとした際に失速したことが原因だった。
08年には大阪府八尾市の国道に2人乗りの小型機が、燃料トラブルで墜落した。

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