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(古代から近代にかけての)自然権(自然法思想・自然法論)とはなにか

プラトン・アリストテレス・キケロ・グロティウス・ホッブズ・ロック・ルソー・ヴォルテール・ヒューム・カント・バーク・ヘーゲル・ベンサム・ミル・トグウィル・モンテスキュー・ハミルトン・コンスタン・マルクス・ウェーバー本質主義/意思主義/自由主義/経験主義/保守主義/社会主義/共産主義

更新日: 2015年07月28日

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soucreatorさん

*後半雑になってしまったので後日訂正します。

▼自然権とは

国家およびその法律に先立って,個人に本来的に備わり,国家によって侵されることのないとされる諸権利。天賦(てんぷ)人権。 →基本的人権

法律によって認めているかどうかとは関係がない。人間が人間であるがゆえに持っている権利。人間が生まれながらに持っている権利。

▼実定法とは

立法機関による制定裁判所の判例慣習などによってつくり出され,一定の時代,一定の社会において実効性をもっている法。制定法判例法慣習法などをいう。人為法。人定法。実証法。 ↔自然法

法律を守らなければいけないような働きの法律は”実定法”という。自然権と実定法は区別される。ある特定の国の実定法の中で認められている権利のリスト。日本国憲法、意見の自由、表現の自由。リストの内容と自然権の権利の内容は必ずしも一致するとは限らない。ある社会の中において実際に用いられている法律の内容が自然権を踏みにじっているケースも有る。
 第二次世界大戦前、1935年に、ドイツでニュルンベルク法。ユダヤ人を迫害する実定法と、自然権は重なりあっていない、むしろおかしている。

▼自然権と実定法

自然権:実定法の正・不正を判断するための基準。
(我々の社会の理想は価値ある正しいものなのか?)

実定法:我々の社会の理想
(我々の社会はこうあるべきだ)

実定法には書かれているもの(法律)と書かれていないもの(慣習や伝統)がある。

実態:我々の社会の実態
(我々の社会はこうなっている)

法を二つに区別すると、自然法と実定法になる。自然法とはそれぞれの国家において共通の法であり、自然における共通の正しさや不正を意味する。実定法とはそれぞれの国家に特有の法である。

アリストテレスによると、「正」とか「正しい」というものは適法的ということと均等的という両義を持つという(『ニコマコス倫理学』5・・1129a)。それでは、どのような「法」に適っているというのか。彼によれば、「本性的なもの」と「人為的なもの」だという(5・・1134b)。つまり、自然法と実定法である。この自然法はどんなところにおいても同じ妥当性を持つ一方で、不変的ではなく可変的な法である。また実定法は、元々はどうでも良い事柄であるが、いったん定められてしまうとそうでなくては不都合が起こるというものである(same)。実定法はすなわち彼の言うところの「人間の本性(自然)であるロゴス」であり、実定法は自然法に基づいていなければならないというのだ。

▼仮に自然権がない状態を想定してみるとどうなるのか?

自然権を否定すると、ありとあらゆる権利というものは、実定法にしかないということになる。実定法で定められた権利以外に、正当な権利と呼べるものはなくなる。つきすすめていくと、何が正しいか、何が正しくないかというのは立法者が国内で独自に決めるもの。ヒトラーが作った法律も正しいということになってしまう(悪法もまた法なり)。
 
 法実証主義は実定法のみを法であるとするものであり、自然法論と対立させて考えられることが多い。

実定法 positive lawのみを法であるとする実定法一元論。実定法の上位に自然法の存在を認める自然法論と対立してヨーロッパの法思想を2分してきた。「悪法も法なり」 Dura lex,sed lex.「法律は法律だ」 Gesetz ist Gesetz.などの法諺が法実証主義に帰せられ,正義の観点を欠落させた価値ニヒリズムとして非難されることが多いが,少くとも近年の法実証主義は,認識と実践を区別し,認識の領域で自然法を否定するのみで,実践的な価値基準を道徳や良心の領域に保留ないし確保している場合が多い。

▼ソポクレース「アンティゴネー」からみる自然権

ソポクレス(ソポクレース、ソフォクレスとも表記、古代ギリシャ語: Σοφοκλῆς、Sophoklēs、紀元前496年頃 - 紀元前406年頃)は、アテナイの悲劇作家、古代ギリシア三大悲劇詩人の一人に数えられる。

123編の悲劇を書いたと言われるが、欠けずに現存するのはわずか7編。絶対なる運命=神々に翻弄されながらも、悲壮に立ち向かう人間を描いたものが多い。代表作『オイディプス王』は、ギリシャ悲劇中の珠玉とされ、今日に至るまで西洋文学や心理学の題材に多大な影響を与えている。

wiki

あなたのお触れは死すべき人間の作ったもの、そんなものに、神々の定めた、文字にはかかれぬ確固不動の法を凌ぐ力があるとは考えなかったからだ。この法は昨日今日のものではない、永遠に命を保つもの、いつから現れたか、誰も知りません

出典ソポクレス『アンティゴネー』

父オイディプースが自分の出生の秘密を知り、目を潰した後、イオカステーの兄弟クレオーンに追放されると、妹イスメーネーとともに父に付き添って諸国を放浪した

▼アンティゴネーの概要と自然権について

主人公は妹アンティゴネー、王と対立。兄が国家反逆罪をおかしている。オリュネイテス。葬儀の埋葬を禁止する例をクレオンという王が出していた。妹は兄の死体に砂をかけて埋葬する。実定法に背いた。
 お触れを出したのはゼウスではないし、正義の女神が人間のために埋葬例を定めたわけではない。「文字には書かれない不動の、神々が定めた法(自然法)」は実定法よりも尊重されなければいけないもの。実定法が本当に尊重にされなければいけないのか判断するための基準のような役割を自然法はもつ。

▼プラトンからみる自然権

プラトン
Platōn
[前427〜前347]古代ギリシャの哲学者。ソクラテスに師事し,遍歴ののち,アカデメイアを創設。知識倫理国家宇宙にわたる諸問題を考察し,イデアことに善のイデアを探求し,学問的認識の方法としてディアレクティケー(弁証法)を唱えた。著「ソクラテスの弁明」「パイドン」「饗宴」「国家」「テアイテトス」「ソピステス」「ティマイオス」「法律」のほか約三〇編の対話編など。

大辞泉

▼プラトンによるイデア

プラトンは人間の有する知識を真知(エピスメーデー)と臆見(ドクサ)を区別するそうです。ドクサは時代や状況とともに変化し、真偽いずれであろうとも”相対的知識”にすぎないのにたいして、エピスメーデーはつねに同じ状態にあり、「生成や消滅によってまどわされない真の存在」についての知識であるそうです。
 この真の実在の世界をプラトンは「イデア(idea)」の世界と呼びました。イデアに照らしだされた国家を絶対的な理想国家とみなし、それを基準とし、現実の国家はその実現に向かって努力べきであるといいました。
 ドクサによって作られたものを実定法、エピスメーデーによって作られたものを自然法とするとなんとなく自然権が理解できそうな気がします。しかしエピスメーデーの在り方、イデアの在り方は後に出てくるアリストテレスとは違ってきます。
参考:「政治思想史」(有斐閣)

エピステーメー とは、ミシェル=フーコーが提唱した哲学的概念。ある時代の社会や人々の生産する知識のあり方を特定付け、影響を与える、知の「枠組」といったように捉えられる。

▼プラトンによる国家論

<なぜ人間は国家を必要とするのか>
 自足(自分に必要なものを自分で間に合わせること)が保たれないから。食料を提供する農夫、宗教を準備する大工、衣服をまかなう機織工や靴工、承認などある種の「分業」を通じてはじめて各人の必要物がまかなわれ、このようにして国家は発展する。そしてその中から国を守る守護者が選ばれ、一定の教育が施され、統治者が選ばれていくという。
<三階級>
 プラトンによれば国家には3つの階級がある。

1:国の統治をつかさどる統治階級(徳:知恵)
2:国の防衛をつかさどる戦士階級(徳:勇気)
3:国の生産に従事する生産階級(徳:節制)
<世襲制ではない>
たとえば農夫の息子であっても能力があれば統治者になりうるし、統治者の息子でも能力がなければ生産階級になるべきだという。また、男女は完全に平等であり、統治に関わる職業として男女は関係ないという。
<国家の堕落過程>
名誉政ー寡頭制ー民主制ー僭主政

参考:「政治思想史」(有斐閣)

▼アリストテレスからみる自然権

[前384〜前322]古代ギリシャの哲学者。プラトンの弟子。アレクサンドロス大王の師。アテネ郊外に学園リュケイオンを創設。その学徒は逍遥(ペリパトス)学派と呼ばれる。プラトンのイデア論を批判し,形相(エイドス)は現実の個物において内在実現されるとし,あらゆる存在を説明する古代で最大の学的体系を立てた。中世スコラ哲学をはじめ,後世の学問への影響は大きい。主な著作に,後世「オルガノン」と総称される論理学関係の諸著書,自然学関係の「動物誌」「自然学」,存在自体を問う「形而上学」,実践学に関する「ニコマコス倫理学」「政治学」,カタルシスを説く「詩学」などがある。

大辞泉

▼アンティゴネーとアリストテレス

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