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北海道函館アリーナライブ2015後のGLAYゆかりの聖地スポットの今

2015年7月25日(土)と26日(日)に函館アリーナこけら落としコンサートGMDN Vol.2があり、多くのファンが帰函してGLAYゆかりの聖地スポットに訪れました。2018年7月に予定されてるGMDN Vol.3を見据えて、過去を踏まえつつGLAYスポットの今現在の姿を未来に向けて綴っていきます

更新日: 2017年12月25日

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外村尚さんは北中学時代に仲間の家へ遊びに行って、BOΦWYや聖飢魔Ⅱなどの曲に触れて音楽に目覚めて、

お金をためてギターを買ってバンドを始めたのが中学校2年生の頃でした。

で、中学だとまだ楽器を持っていてバンドを組んでいる人も周りにあまりいなくて、

『高校に行ったら絶対にパンクロック限定のバンドを組むんだ!!』と、この頃に決意をしたとされています。

北中では大人しくて、ごくごく普通な感じの生徒だったそうです。

▼ JR函館本線 桔梗駅

リーダー TAKURO さんのご実家が桔梗駅のすぐ近くにあり、小さい頃から高校まではいつもこの駅を利用していたとされています。

桔梗町に久保琢郎さんが住んでいたのは小学校6年生から高校卒業までです。91年以降は、お母さんの久保貞子さんは七飯(ななえ)町に引っ越して行ったとされています。

近所の人達によると、リーダーは少年だった頃から元気でとても礼儀正しい子だったと評価されています。

高校生だった頃には、ギターを肩に背負って自転車でいつも通学している TAKURO さんがこの辺りでは見かけられたそうです。桔梗駅から函館稜北高校までは自転車で10分ほどの距離でした。

TERU さんも高校の時にデートをするのに、相手との待ち合せ場所をこの桔梗駅にしたり… などとしていました。

今回の函館アリーナこけら落とし記念公演ライブでも多くの GLAYER さんがこの駅へ訪れていますが、皆さんの感想は「まるでペンションみたいにカワイイ駅」という感じでした。

▼ 藤谷(ふじや)新聞店

桔梗駅から徒歩約3分の距離にある藤谷新聞店について、正確には「北海道新聞 藤谷販売所」という名称です。

TAKURO さんが昔、近く(とゆうよりも、桔梗町にあったご実家はこの販売所のすぐ裏側でした)に住んでいて、新聞配達のアルバイトを小学校から高校時代までしていました。

久保琢郎さんは3歳4ヶ月の時にお父さんが交通事故で亡くなっていて、『小遣いくらいは自分で稼がなきゃダメだよな』と、友人に話していたそうで、小さい頃からしっかりした子供でした。

▼ 三浦商店(愛称 三角屋)

TERU さんが小さい頃、ご実家の近所にあって果物などを買い物に行っていたとされている食料品店(八百屋)です。

三角屋さんは今でも営業されています。

お店の方によると、小橋照彦さんの一家はみんな歌が上手くて、小さい頃の TERU さんは人なつっこくて、顔を見ると『おばさん、こんにちは』などと挨拶をしてくれて、とても可愛い子供だったとのことです。

小橋照彦さんのご実家は函館山の北側で、高台に外人墓地がある入舟町にありました。TERU さんが5歳の時に、TAKURO さんのご実家がある桔梗(ききょう)町に引っ越しています。

※ さすがにご実家の正確な位置までは、GLAY スポットとしてお伝えすることはできませんw

▼ (有)カネマス山口商店(店舗)

TERU さんがファンへ紹介して、オススメしていた食料品店です。今はインターネット通販で、公式サイトから注文もできます。

このお店は、TERU さんがよくカニを買いに来ていて、それでお付き合いがあるようです。お正月などのイベントがある時によく利用していたとのエピソードが残っています。

お店の方は GLAY ファンへとても親切にして下さると評判になっていて、お店の中には TERU さんのサインや写真などが残されています。

お店の公式ツイッターアカウントより

『昨日はご来店ありがとうございました。カニの絵入りのサインまで感激です!また函館にお越しの際はお立ちより下さいね✨』


GLAY HIGHCOMMUNICATIONS TOUR 2016 "Supernova" reprise
11.10.thu
青森県むつ市下北文化会館での公演の後、TERUさんは函館に帰っていたのですね…

▼ Bay City's Street 函館

高校生だった GLAY(TAKURO・TERU)、ピエロ(JIRO)、蟻(HISASHI)が出演したライブハウス(ハコ)でした。

特に GLAY にとっては、当時は TERU さんがまだドラムをしていた時代で、非常に思い出深い場所(バンドを結成して初期の頃の活動ポイント)となっています。

GLAY にとっての活動の本拠地があうん堂ホールであったように、パンクバンドである蟻にとってのホームグラウンドはここ、Bay City's Street だったのです。

函館では唯一のスタンディング形式のライブハウスで、老舗として長く親しまれてきましたが、惜しまれながら2012年3月31日に閉店しました。

今でも多くの GLAYER さん達はこの箱の跡地へ訪れています。4人にとって、とても思い出深い場所となっています。

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