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お相撲さんの、ものすごいエピソード【力士最強説】

人間離れした話がてんこ盛り。力士は超人です。

更新日: 2018年11月26日

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tomsan2106さん

千代の富士の現役時代の体のデータ
183cm 126kg 体脂肪率10.3%

脂肪が12.6キログラム

徐脂肪体重が、113.4キログラム

1978年ごろ、元恋人が借金を抱えていたこと、梶原一騎らの誘いを受けていたことからプロレス転向を考えていた。だがしかし、プロレスでも肩を壊せば脱臼だけでなく左腕切断の危険性もあり、これは思いとどまった。

左腕切断・・・

脱臼が多くてそれを克服するために
肩周りの筋肉を徹底的に鍛えて、その筋肉で肩の脱臼を防ぐということをやってのけた。

毎日500回の腕立て伏せ・ウェイトトレーニングに励んで脱臼を克服した。

新弟子検査では体重計の目盛を振り切ってしまい、急遽もう1台用意して脚を片方ずつ乗せて測定(1台では150kgまでしか測れなかった、105kg+70kgと記録されている。)したり腕が太すぎて血圧計が使えないなどの破格振りを示した。

引退前には怪我のため痛み止め薬を一日10錠も飲んでいたが、これが災いし出血性胃潰瘍を発症、巡業先のホテルで大量に下血。体内の血液を40%も失う危険な状態であったが何とか一命をとりとめた。

痛み止めのため発症には気付かず、入院中も厚い脂肪のため外科手術ができない上に、これ以上の投薬は危険と判断され、激痛に耐えながら自然回復による治癒を待つしかない状態だった。なお、この時は風邪による体調不良のため休場と公表していた。

•15歳で来日、宮城野部屋に受け入れられる。当初は体も細かったことから、とにかく食事と牛乳を吐くほど飲食させられたそう(牛乳は1日4リットル飲んでたそう)。

白鵬の飛び出しの速さは毎秒4メートル。陸上男子100メートル世界記録保持者のウサイン・ボルト(ジャマイカ)が毎秒4・01メートルで、白鵬は世界最速ランナーに匹敵する出足を持つ。

大相撲では白鵬がトップで、2位が千代の富士の3・9メートル。

テレビ番組で打撃の威力を計測した際、張り手で1トン以上(1150kg)を記録した。更に立ち合いの威力では2トン以上(2280,5kg)を記録した。

パーティー会場で武蔵丸が乾杯の時、お酒ではないグラスを持ち上げ、乾杯をしたので、隣にいた格闘家の男が

「お酒は飲まないんですか?」

と訊いたら、

「いくら飲んでも酔わないので、やめました。」

という答えが返ってきたんだって!(°∇°;)


そんな理由で お酒やめるなんて、カッコいいな。


それを武蔵丸に訊いた格闘家は、同じ格闘家の友達5人ぐらいで飲むと、テキーラ240杯ぐらい飲むらしい。なので、武蔵丸に再び訊いてみた。


「どれぐらい飲んで、自分は『酔わない』と気付いたんですか?」

すると

「ウイスキーをボトルで一気飲みしていて、しばらく待ってみたけど全然 酔わないので、水でも一緒なんで、もう やめました。」

と返事が返ってきたという。

錣山(元関脇・寺尾)が「バスケットもうまかったですよ。200キロの人間がダンクシュートをするなんて、世界的にもあまりいないんじゃないかと思います。一度垂直跳びをやる機会があったんですが、僕は一生懸命やっても69センチくらい。ところが、武蔵丸は80センチ跳んでいました。」とその脚力について証言していた。

生まれたばかりのとき体重が5キロもあったという。

202センチの長身。握力は100キロを超え、片手でリンゴをつぶせた。ワインも、コルクを人さし指で押せば1秒で開いた。

公称191cm、186kg。21歳ながら、「実はまだ身長が伸び続けていて、今は193cmはあるんですよ」と、師匠の湊親方(元湊富士)が、驚きながらも語ってくれた。

「500キロ以上ある牛を引いたり、森から木を切り出し、のこぎりで切るため、自然と腕力がついたそうです。両親のどちらの血筋も怪力でしてね。逸ノ城の3代前の親類には、ナーダムというモンゴル相撲の全国大会で8年連続優勝したワンダンという名の横綱がいる。この人も歴史的な怪力だったそうです。ま、親戚に相撲の神様・双葉山がいるようなものですよ」

小結へ昇進した1989年(平成元年)1月場所では、好調な上位陣に全く歯が立たず1勝14敗という無残な成績に終わる。これではいけないと感じた霧島は鍛え方を徹底的に見直し、1日に20個の卵や、バナナ2本などが入った夫人特製のプロテインを摂取するとともに、ウエイトトレーニングによる肉体改造に取り組んだ。

ベンチプレス200kg、スクワット300kg以上という強靭な肉体を作り上げ、体重も110kg台から一気に130kg前後まで増加した。

小学校6年生からの成長ぶりが著しく、12歳の時に身長160cm強、体重60kg程度の体格だったものが、13歳の中学1年生の時点で、既に身長173cm、体重100kgに達していた。

恵まれた体格であってもただの巨漢ではなくスポーツ万能、特に柔道には滅法強く、中学1年生で初段となり、町の柔道大会「胆振西部大会」では体格も倍以上あった高校生を破って優勝した。柔道が得意であったが、好きなスポーツは野球であった。一方で相撲はというと経験が皆無であり、それこそ「お祭りで相撲大会がある時は、ズボンの上からまわしを締めていましたからね。まわしを締めて本格的に相撲を習ったというのは、純粋にこの世界に入ってからのことなんですよ」と本人が後年述懐するほどであった。

入門時にちゃんこで丼飯8杯・うどん大盛り2杯・お茶漬け2杯を食べて寝た翌朝、「空腹で眠れなかった」と語ったほどの並外れた大食漢であった。

握力が左右ともに100kg近くあり、角界で3本の指に入る程の怪力で知られた。

父の指導で450gのハンバーグ3枚、牛丼特盛り3杯などを食べ続け、小学4年生の頃に30㎏だった体重は2年で40㎏増。

おかげでハンバーグがトラウマになってしまったとのこと。

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