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柴又女子大生放火殺人事件まとめ[未解決事件]

上智大学に通っていた順子さんが留学2日前に殺害されてしまった事件です。いまだ犯人は捕まっていません。一日も早い解決を願います。

更新日: 2019年03月09日

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この記事は私がまとめました

mirei0000さん

新たにわかったこと

掛け布団の端に順子さんの血液にまじって犯人の血液がついていた。
犯人は手から血が滴るくらいのけがをしていた。
事件後けがをしていた。包帯を巻いていた。治療をしていたなどの情報があれば
警視庁亀有警察署特別捜査本部
直通電話 03-3607-9051
直通FAX 03-3607-9056
署 代 表 03-3607-0110
まで

正式名称 柴又三丁目女子大生殺人・放火事件

概要

1996年9月9日午後4時半ごろ、東京都葛飾区柴又3丁目の民家より火災が発生。約2時間後に消し止められ、焼け跡から上智大学4年生の女性(当時21歳)の遺体が発見された。

遺体は口と両手を粘着テープで、両足をパンティーストッキングで縛られており、首を鋭利な刃物で刺されていたことから警察は殺人事件と断定。現場の状況や交友関係などから、顔見知りの犯行と思われた。2015年現在も犯人逮捕には至っていない。
事件から10年経った2006年9月に、両足の縛り方が「からげ結び」という特殊な方法だったこと、現場に残されたマッチ箱の残留物から家族以外のDNAが発見されたことが公開された。
2014年9月に2階に遺体に掛けられていた布団に付着した血液から犯人と思われるDNA型が検出され、1階で発見されたマッチ箱に付着したDNA型とも一致したことが報道された。

被害者

上智大学外国語学部4年
「将来、マスコミ関係の仕事をしたい」との希望を抱き、2日後には留学のため、アメリカ・シアトル大学へ留学する予定だった。
大学1年の時から地方の中学生に英語を教えるサークルに所属。
ゼミでは「東南アジアの文化」を専攻。
成績はほとんどAで留学の選考試験も上位に入り、第一志望のシアトル大学にすんなり決まっていた。
アメリカに留学中の先輩と3年越しの交際が続いていた。
家庭教師の他にも地方放送局でアルバイトをしており、明るい性格で人に嫌われるような女性ではなかったという。

【情報を求めています】

○ 犯人を知っている
○ 事件について噂話を聞いた
○ 事件前、事件当日に現場付近で不審な人や車を見かけた
○ 事件が発生した時間帯に、現場付近を通行した
など、どんな些細なことでも結構です。情報をお待ちしています。

 警視庁亀有警察署特別捜査本部
直通電話 03-3607-9051
直通FAX 03-3607-9056
署 代 表 03-3607-0110

事件前に現場を下調べしている
返り血を浴びている
等の可能性も考えられます

事件当時

東京都葛飾区柴又3丁目 被害者宅にて発生

事件発生日は、朝から雨が降ったりやんだりしており、昼過ぎから強く降り出し始め、15:00時過ぎにはさらに激しくなっていた。

15:50少し前にA子さんがトイレに行くために自室から一階に降りてきた。仕事に出かける準備をしている母親に「こんなに雨が降っていても自転車ででかけるの?」と話す。この会話が最後の会話になった。

魔の49分間

15:50 - 母親が仕事のために家を出る、この時玄関に鍵はかけなかった。
16:15頃 - 近所の通行人によると火は出ていなかった。
16:35 - 出火。
16:39 - 隣家から119番通報。
18:00頃 - 内部が全焼、ようやく火が消し止められる。

消防隊の屋内に入ると、2階の6畳間で 次女である上智大学生・小林順子さん(21歳)が遺体となって発見された

燃えていたのはモルタル2階建ての会社員・小林賢二さん(当時50歳)宅で、 火災は午後6時頃に消しとめられたが、小林さん宅は全焼、両隣の家の壁も焼いた。

火災発生から25分前の4時15分頃に小林家の前を通った通行人の情報があり、 この時は出火の気配や争うような音は聞こえなかったという。

現場の状況

1996年に上智大4年小林順子さんが殺害された事件で、警視庁が3Dプリンターで再現した事件現場の模型。1階部分(手前右)と遺体が見つかった2階部分

被害者は2階の両親の寝室で父親の布団の上で横向きに寝かされ、夏用の掛け布団を頭からかぶせられていた。布団の左右の端は体の下に挟み込まれていた。

白い横しまシャツに黄色の短パン姿だった。

被害者は首を右側に集中して6か所刺されて出血多量で死んでいた。

幅6センチ、深さ4センチに達する傷もあった。
死因は右頸部静脈切断による失血死。

口と両腕には粘着テープが貼られていた

かなり抵抗したとみられる傷が手に数か所あり、その上から粘着テープが巻かれていたので両手は殺害後に縛られたと見られている。

両足はストッキングでからげ結びに結ばれていた。からげ結びは造園、足場組み立て、和服着付け、舞台衣装、古紙回収、電気工事、土木関係などの業種で用いる。造園業では「かがり結び」とも呼ばれる。

気管にすすが付いていなかったことから殺害後に放火したとみられる。

仏壇のマッチで1階東側の6畳和室の押入れに放火されていた。

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