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多くの謎が残る【未解決事件・怪事件】まとめ※閲覧注意

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更新日: 2017年10月21日

kanoosaさん

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13.『売春島失踪事件』”この世に男がいる限り、売春島は眠らない”
12.『佐賀女性7人連続殺人』"水曜日の絞殺魔"
11.『嵐真由美さん失踪事件』 ”洋子の話は信じるな”
10.『グリコ・森永事件』 ”キツネ目の男”
9.『妊婦切裂き殺人事件』”中村さんを知りませんか?”
8.『便器内怪死事件』”中を覗くと人間の足が見える”
7.『柴又女子大生放火殺人』”からげ結び”
6.『魚津廃墟失踪』”きもだめしに行ってくるね”
5.『八王子スーパー射殺事件』”2分30秒の謎”
4.『広島一家神隠し』”忽然と消えた家族”
3.『女子中学生失踪事件』‘‘ポストにあった謎のメモ’’
2.『世田谷一家殺害事件』‘‘残忍すぎる犯行”
1.『井の頭公園バラバラ殺人』‘‘消えた指紋と血液’’

13.『売春島失踪事件』”この世に男がいる限り、売春島は眠らない”

渡鹿野島(売春島として有名らしい)の人身売買を調べて行方不明に。

1998年(平成10年)11月24日、三重県伊勢市内で地域雑誌『伊勢志摩』(現『伊勢人』)の編集記者、
辻出紀子さんが行方不明になりました。
警察は、彼女に自分の意志で失踪することがないことなどから、
何かの事件に巻き込まれたとみて捜査をつづけています。
しかし、ご両親や友人たちによる必死の情報提供の呼びかけもむなしく、何の手がかりもありません。

三重県志摩氏市磯部町、
牡蠣と真珠で有名な的矢湾に浮かぶ周囲7kmの小さな島「渡鹿野島」
別名「女護ヶ島」
古くは江戸時代、女性は「把針兼(はしりがね)」と呼ばれ、
報酬を得る代わりに男に身を捧げていた。 それは今でも変わらない。
そう、この島は売春で成り立ってきた島なのだ。
この世に男がいる限り、売春島は眠らない

12.『佐賀女性7人連続殺人』"水曜日の絞殺魔"

1975年から1989年までに、佐賀県北方町、白石町、北茂安町、武雄市の半径20キロの地域で7件もの女性の殺人事件が発生した。事件の特徴として、以下の点があげられている。

・被害者女性の失踪が水曜に集中していること(7件中、6件)
・夕方から夜にかけて失踪していること
・5件の死因が絞殺であったこと(残り2件は、白骨化しており死因が不明)

4件目までは、捜査機関が犯人を起訴できずに公訴時効が成立。残り3件は起訴されたが、無罪が確定し、7件とも未解決事件となった。

6人目の被害者、中島清美さんが消息を絶った、自宅近くの裏道

7人の女性の失踪・発見の詳細
1975年8月27日(水)、北方町に住む当時中学1年生であったY(当時12歳)が、1人で留守番していた自宅から失踪。1980年6月27日に白石町の小学校プール横トイレの便槽の中で遺体で発見された。
1980年4月12日(土)、白石町に住むH(当時20歳)が、1人で留守番していた自宅から失踪。約2ヶ月後の6月24日、町内にある小学校の便槽から遺体で発見された。本件のみ、水曜日ではない。
1981年10月7日(水)、白石町に住む近くの工場の従業員であったI(当時27歳)が失踪。同月21日に中原町の空き地で絞殺遺体で発見された。
1982年2月17日(水)、北茂安町の小学5年生A(当時11歳)が下校途中に何者かに首を絞められ殺害され、翌日に絞殺遺体で発見された。
1987年7月8日(水)、武雄市の飲食店従業員H(当時48歳)が失踪、1989年1月27日に北方町大峠の崖下で遺体で発見された。以下の2件の遺体も同時に発見されており、3件をまとめて「北方事件」と呼んでいる。
1988年12月7日(水)、北方町の主婦N(当時50歳)が失踪。
1989年1月25日(水)、北方町の会社員Y(当時37歳)が失踪。

2人目の失踪直後の4月16日、父親宛てに「娘ハ帰ラナイダロウ、オ前モ苦シメ」という内容の差出人不明の手紙が届く。また、同じ頃、「人捜しのテレビ番組に出るな」「律子さんの写真を出すな」といった内容の電話が若い男の声で数回かかってきていた。

6人目の失踪から1週間後の昼ごろ、清美の自宅に中年男性の男の声で電話がかかってきて夫の忠雄が話をしている。中島宅の電話には録音装置を設置しており、捜査員も同席していた。
「もしもし、中島です」
「奥さん、見つかったそうですね」
「えっ?」
「よかったですね」
「一体どこで見つかったんですか」
「焼米(やきごめ)のほうでしょう」
(少し沈黙)
「あなたはどちらさまですか」
「あんたの知った人間だ」

11.『嵐真由美さん失踪事件』”洋子の話は信じるな”

出典i1.wp.com

(失踪した嵐真由美さん)

1994年(平成6年)9月2日午後7時頃、主婦の嵐真由美さん(当時27歳)が、出産のため戻っていた墨田区の実家から外出、当時1歳半の娘を残し、そのまま行方不明になる。

◆姉である洋子さんの証言で捜査が進められていくが…

洋子さんの証言によると事件当日、「同級生と会う」と言い残し家を出た真由美さん。
しかし、その同級生に確認したところ行方不明の翌日は会う約束はしていなかったという。

出典i2.wp.com

取材を受ける嵐真由美さんの姉「洋子さん」

その後、テレビ朝日のスーパーJチャンネルがこの真相を探るべく密着。その際の父親へのインタビュー映像に奇妙な貼り紙が映り込む。

その貼り紙に書かれていた文章は「洋子の話を信じるな」だった。洋子とは上にも述べた通り真由美さんの実姉。この貼り紙がネット上で物議を醸し出し話題になる。

出典i1.wp.com

(取材に応じる真由美さんの父親:後方に「洋子のはなしは信じるな」とのメモが・・・。)

その後事件に進展はなく、いまだ嵐真由美さんは見つかっていない。

10.『グリコ・森永事件』 ”キツネ目の男”

1984年3月の江崎グリコ社長を誘拐して身代金を要求した事件を皮切りに、江崎グリコに対して脅迫や放火を起こす。その後、丸大食品、森永製菓、ハウス食品、不二家、駿河屋など食品企業を次々と脅迫。現金の引き渡しにおいては次々と指定場所を変えたが、犯人は一度も現金の引き渡し場所に現れなかった。犯人と思しき‘‘キツネ目の男’’が何度か目撃されたが逃げられてしまったため、結局正体は分からなかった。

その他、1984年5月と9月、1985年2月に小売店で青酸入り菓子を置き、日本全国を不安に陥れた。

1984年4月12日に警察庁広域重要指定事件に指定された。

2000年(平成12年)2月13日に東京・愛知青酸入り菓子ばら撒き事件の殺人未遂罪が時効を迎え、全ての事件の公訴時効が成立。警察庁広域重要指定事件としては初めて犯人を検挙出来なかった未解決事件となった。

単なる誘拐事件と最初は思われていたが、大手食品会社が次々と脅迫され、実際にシアン化ナトリウム入りの食品がばら撒かれるなど、当時の社会に与えた影響は計り知れないものがあった。

企業への脅迫状とは別に、挑戦状を新聞社や週刊誌に送りつけ、その内容は「けいさつの あほども え」など、警察を挑発したりあざ笑うような内容が多く、自分達の遺留品の細かい出所まで書いたり、失態の責任を取って焼身自殺した滋賀県警本部長(ノンキャリアながら本部長まで出世した人物であった)を「男らしゅうに」と表現し、それと対比させてキャリア出身の責任者を貶めたりするなどしていた。

犯行の際の遺留品の多さにもかかわらず、遺留品が大量に、広範に流通された商品なので犯人の特定には至らなかった。犯人グループの車両から採取されたELと呼ばれる特殊な電子部品の削りカスの廃棄物から捜査が行われたが、犯人に結びつく成果は得られなかった。なお、犯人も終息宣言の後は一切活動をしていない。警察発表では、犯人は何も得てはいないということになっているので、一連の犯行の目的が何であったかは不明のままである。前述の通り、犯人側は1984年9月12日に森永製菓に送りつけた脅迫状の中で、グリコは6億円を支払ったとほのめかしているが、グリコをはじめとする被害にあったメーカーは犯人側への金の支払いを否定している。一説には、脅迫を受けた企業の株価が乱高下しており、それにより利益を得た、あるいは株価の操作そのものが目的だったとする説もある。

9.『妊婦切裂き殺人事件』”中村さんを知りませんか?”

1988年(昭和63年)3月18日、愛知県名古屋市中川区のアパートに会社員(当時31歳)の男性が帰宅。室内で、妻である臨月の妊婦(当時27歳)が殺され、赤ちゃんが泣き叫んでいるのを発見した。

妻は両手を縛り上げられており、首に電気コードを巻かれ、絞殺されていた。死体は、薄い鋭利な刃物で、みぞおちから下腹部にかけて縦38センチにわたって切り裂かれていた。彼女の足元には、赤ん坊が、へその緒をつけたまま泣き叫んでいた。犯人は妊婦を絞殺後、胎児を生きたまま取り出してへその緒を刃物で切断し、子宮にコードを切り離したプッシュホン式の電話の受話器と、キャラクター人形のついたキーホルダーを入れた後、妻の財布を奪って逃走した。

取り出された胎児は男の子で、太ももの裏、ひざの裏、睾丸の3箇所を刃物で切りつけられていたが、病院で約1時間の手術を受け一命を取り留めた。

なお、絞殺の凶器は別の物であり、首に電気コタツのコードが巻かれたのは死後とされている(コンセントが刺さっていた状態で発見された)。

有効な手がかりがないまま2003年(平成15年)3月18日に公訴時効が成立し、未解決事件となった。世間の好奇の目にさらされ続けた夫と子供は1999年(平成11年)に日本国外に移住している。

【夫への容疑】
警察は最初、被疑者を夫のみに絞っていた。理由は、帰宅後に、家の異変に気づきながらも妻の存在を確かめず、妻を捜す前にスーツから着替えていたこと。
報道陣の前で、「妻はワインが好きだったので、ワインを注がせてください。」と言いながら、グラスに赤ワインを注ぎ、霊前に供えた(落ち着き払っており、この行為はパフォーマンスと考えられた)こと。などからである。
しかし、妻の死亡推定時刻である午後3時前後には、まだ会社で勤務していたため、アリバイが成立した。

【不審人物】
階下の居住者が、「午後3時10分から20分までの間に、不審な男がアパートをうろついていた」と証言。ドアのノブがガチャガチャ回っている音が聞こえた後、チャイムが鳴ったので出てみると、身長165センチほどの30代らしきスーツを着た男性が、「ナカムラさんを知りませんか?」と聞いてきた。居住者は「知らない」と言ってすぐにドアを閉めた。

この男の目撃証言は他にもあり、近くの駅から、アパートやマンションを訪ねまわっている姿が何人もの人間に目撃されていた。
後にアパートと近所の住人から、不審人物の証言を得たほか、事件当日にアパート付近を通った通行人400人以上の人間をしらみつぶしに確認した。しかし、「不審人物の行方は分からなかった」と警察は発表している。

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