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【世界の宗教】キリスト教の誕生と概要

世界の宗教の誕生と概要をまとめていきます。

更新日: 2015年11月03日

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キリスト教の基となる思想を説いたイエス・キリスト

ユダヤ教徒のイエス・キリスト

あまり知られていないが、イエス自身はユダヤ人であり、その生涯を閉じるまでユダヤ教徒であった。
ユダヤ教では、掟(戒律)を守ることで神に救われるとされており、掟の数は数百もあった。
これでは、貧しいものや病のものなどは全ての戒律を守ることができず
結果、神に救われることはできない。
これに対して疑問を持ち、批判をしたのがイエスであった。

愛の宗教

イエスは
「神は、無理難題を人々に与え、できないものを罰するようなことはしない」とし
「神は愛を与える」と説いた。
そして
・神のもとに人はみな平等
・敵味方なく隣人を愛せ
といった、神と隣人への愛を説いた。

イエスの死

愛の教えを説きながら各地を布教してまわったイエスだが、次第に人気を高めていった彼の教えに対して、ユダヤ教の長老たちは危機感を高めていき、イエスを迫害し始める。

西暦30年、ユダヤ教の「過越祭」を祝うためにエルサレムに入ったイエスは、
逮捕、死刑を宣告され、ゴルゴダの丘で磔刑に処された。

キリスト教の誕生

イエスの死後、イエスの弟子たちは逃げ出してしまうが、
死の3日後
イエスの遺体が墓から消え、イエスは復活した。
復活したイエスは、その後40日間弟子たちの前に度々現れた。

弟子たちはイエスを神の子と信じ
キリスト教として、その教えを布教し始めたのである。

イエスの後継者ペトロの名に由来した
バチカン市国のサン・ピエトロ大聖堂

その下には彼の墓が眠っている

旧約聖書と新約聖書

『旧約聖書』とはユダヤ教聖典の『ヘブライ語聖書』のことで、『新約聖書』とはイエスの教えや行動を伝える文書で、キリスト教でいう聖書とはこちらをさす。
よって、ユダヤ教にとって『新約聖書』は聖書として認められておらず
『旧約聖書』もその名で呼ばれることはない。

原罪と贖罪

聖書では、しきりに人間の罪深さが語られている。
その原点となるのが「アダムとイヴ」である。
エデンの園でくらしていた彼らは、蛇にそそのかされて
禁断の知恵の木の実を食べてしまう。
神の怒りに触れた彼らは、エデンの園から追放された。
有名な話であるが、
これが人間の「原罪」とされており
その罪はイエスが十字架にかけられたことで贖われたとし
これがイエスによる「贖罪」とされている。

知恵の木の実を取るアダムとイヴ

父・子・精霊

キリスト教では、神を父、イエスを神の子(救世主)、神が人間に働きかけるときに現れる精霊。
神はこの三つの側面を持つという、三位一体の考えが重要な教義となっている。

ローマ帝国とキリスト教

ローマ帝国では始め、キリスト教は迫害されていた。しかし、徐々に人気が高まっていったキリスト教をローマ帝国は、民衆を治めることに利用することにした。
西暦313年、コンスタンティヌス帝によってキリスト教は公認され、392年には国教となった。

古代ローマ帝国の面影を残す
フォロ・ロマーノ

カトリックと東方正教会

395年、ローマ帝国が東西に分かれると共に、キリスト教も東西に分かれた。
東ローマの皇帝は、コンスタンティノーブルを総本山として東方正教会を
ローマはサンピエトロ大聖堂を総本山としてカトリック教会をそれぞれ正当だとして対立した。

東方正教会は、国、地域ごとに独立した教会をもっており、それぞれが国王、政治と繋がっている。
カトリック教会は、ローマ教皇をトップとし、世俗の権力とは分離した組織的権威を持っている。

聖地エルサレムと十字軍

キリスト教諸国による、イスラム教徒に占領された聖地エルサレムの奪還が表向きの戦争であったが
1096年から1270年まで7回にわたる遠征で聖地を奪還したのは約100年程のみで
その実態は領土の侵略戦争であった。

宗教改革とプロテスタント

聖堂修理のための金儲けとして使われた贖宥状(免罪符)に対し、
ルターが出した「95か条の論題」。
「人は信仰によって救われる」といった福音を訴えたルターの考えに
腐敗したカトリック教会に不満を抱いていた諸侯が同調し、ルター派として抗議した
こうしてカトリック教会の中から「プロテスタント(抗議する人)」が教派としてわかれた。

植民地支配と世界への布教

大航海時代、植民地支配と並行してキリスト教は世界中へと広がっていった。
アメリカ大陸では、先住民への侵略とともに布教が進められていったが
アジア地域では、すでに土着の宗教があったため布教はあまり進まなかった。

アメリカとキリスト教

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