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元少年Aを週刊文春が直撃取材!

元少年Aを週刊文春が直撃取材した。ついに元少年Aの素顔と住所がバレた!短期間で4回も引っ越しを繰り返し、4回中2回が「週刊誌に住所を特定された為」という理由。文春記者が現在の素顔写真を掲載へ

更新日: 2018年06月20日

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wappameshiさん

元少年A(33)を週刊文春が直撃取材!

東京都内のアパートに住むAに取材を申し込んだが、「命がけで来てんだろ?」「お前、顔と名前、覚えたぞ」と威嚇。約1キロにわたって記者を追いかけた。

週刊文春では、Aの実像に迫るべく、250日にわたり本人、被害者、遺族に取材を続け、その結果を写真などとともに、2月18日発売号で詳報する。

元少年A(酒鬼薔薇聖斗)の現在(33)の写真 sakamobi.com/news/sakakibar… これ東武東上線だって話しなんですが分かる人います? pic.twitter.com/iIYHY8DHdL

【記者が元少年Aから逃走するまでの流れ】

記者2名が元少年Aの住む東京23区内のアパート前に車を停める

トイレットペーパーを大量にのせたママチャリで元少年Aが帰ってくる

記者が元少年Aに声をかける「○○さんですよね?」

元少年Aは人違いだとい言う「何のことかわからないんで」

記者が根気よく取材を続けて手紙を渡そうとする

元少年Aがブチギレ激怒で自転車を投げる「コラお前なめてんのか!」

元少年Aが完全にキレて記者の腕をつかむ「命がけで来てんだよな!?」「顔と名前覚えたぞ!!」

元少年Aがコートに左手を入れたままで何かを持っているそぶり(刃物を彷彿とさせる行為)

記者は車に戻りたくなったが「車に乗り込む前に元少年Aに追いつかれる」と判断

記者は身の危険を感じてショッピングモール方面に逃げる

元少年Aが全速力で追いかけてくる

元少年Aはショッピングモール近くで人目を気にしてスピードダウン

記者はスーパーの駐車場に入って元少年Aのアパート方面にダッシュで戻る

1キロほど逃走してようやくアパート前に停めた車に乗り込む

元少年Aはガードレールから身を乗り出して記者の顔を鬼のような形相で凝視

無事逃走完了

2015年9月~2016年1月の期間、なんと4回も引っ越しを繰り返しているのだ。その回数にも驚かされるが、4回中2回が「週刊誌に住所を特定された為」という理由で引っ越ししている事が判明した。

・元少年Aの引っ越し記
神奈川県の新築アパート(女性セブンの報道直後に引っ越し)

神奈川県のウイークリーマンション

神奈川県の大型マンション

東京都足立区のアパート(週刊文春の取材直後に引っ越し)

東京都外へ引っ越し ← New

元少年Aが幻冬舎・見城社長の嘘に大反論!

神戸連続児童殺傷事件の犯人・酒鬼薔薇聖斗こと元少年Aは、2015年6月に自身の手記『絶歌』(太田出版)を出版し、現在25万部まで版を重ねている。

その後、朝日新聞・女性セブン・週刊新潮・週刊文春などに少年Aからの約2万3000字におよぶ手紙とCD-Rが送付され、そこにHP開設の告知があった。
彼が文面のほぼすべてを使って訴えているのは、幻冬舎の見城徹社長への“怒りの反論”なのだ。

少年Aの手記を出版させたのは幻冬舎の社長だった

《本当にこの本を出すべきだろうか?と自問自答するようになりました。(中略)手記の出版をきっぱり諦めようと思い、編集チームにその旨をメールで伝えました》(Aの手紙から)

『週刊新潮』で手記の出版計画が報じられたのだ。同記事には出版に強く反対する遺族の肉声が掲載された。これがきっかけで出版社内でも慎重論が盛り返したようだ。
その他、市橋達也の手記出版後に幻冬舎に抗議が殺到したことや、やしきたかじんの闘病を描いた『殉愛』が遺族からの猛抗議を受けたことも関係しているようだ。

見城は、うちから出すのはもう難しいけど、でもやっぱりこの本は世に問うべきだと思う、『このまま出版を断念すれば活字文化の衰退になる』、とまで言っています。(略)見城は太田出版の岡社長と親交があり、Aさんさえ良ければ、太田出版からこの本を出してもらえるよう、岡社長に話すつもりのようです。

幻冬舎の編集チームからAに上記のようなメールがあった。幻冬舎は自社で出版しないで、太田出版をすすめていた。
見城氏は「文春」のインタビューで「太田出版を含めた三社を彼に提案した」と語ったが、この点も嘘だった。

見城社長はAの撮った事件現場の写真も掲載しようとしていた

《実際は彼は文章と同時進行で写真を挿入するという案に僕以上に乗り気で、僕の左隣に座っていた編集チームメンバーに、「おい、メモだ、メモを取れ」と指示し、僕はそのメンバーに挿入する写真の点数と、どの章にどのようなレイアウトで挿入するつもりかを伝えました。》(Aの手紙から)

「文春」の記事によれば、友が丘(事件現場)の写真をカラーで載せたる事に対して、見城社長は「『これはやめたほうがいいな』という写真だったから、案の定、『絶歌』でも載せていないね」と語っていた。
実際には、太田出版の岡社長が「写真掲載はやめたほうがいいな」とアドバイスしていた。

「口だけの“ファッション異端者”」

《見城氏はいろいろな場所でG(義理)N(人情)O(恩返し)こそが自分の信念であるとのたまっていますが、彼が“GNO”を貫くのはどうやら政治家、企業家、芸能人限定のようです。相手が物を言えない元犯罪者であれば、尻を拭って便所に流してしまえば一件落着というわけです》(Aの手紙から)

《“共同体からすべり落ちた者の切なさと恍惚にいつも身を寄せていたい”?
共同体からすべり落ちた者を誰よりも差別し、搾取し、踏みにじって食い物にしているのは彼自身です。僕が彼への手紙に書いた、『ずっと自分を蔑み、嘲り、排除しつづけた世界』の象徴が、他でもない彼だったのです。僕はとんだピエロでした。》(Aの手紙から)

《私には、四十歳までに何としてでも実現したい具体的なヴィジョンがあります。そのために、この暑苦しい『普通の羊』の着ぐるみを脱ぎ捨て、9年ものあいだ封じ込めていた“異端の本性”を呼び醒まし、精神をトップギアに入れ、命を加速させ、脇目もふらず死に物狂いで『一番肝心な』三十代を疾走してやろうと決めたのです》(Aの手紙から)

この写真はFRIDAY(2015年7月10日号)で流出したお友達との「組閣ごっこ写真」。
幻冬舎の見城徹社長は前列の左。

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