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泣ける【セカオワ】☆ ♪『SOS』SEKAI NO OWARI メッセージ♡

「色」の概念が存在しない世界でSEKAI NO OWARIの4人と色を持った怪物が出会い、世界が色を取り戻していく、というストーリー

更新日: 2015年09月20日

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この記事は私がまとめました

surfinboaさん

色のない世界で色を持つ怪物と出会い…みたいな感じだったと思います。

色のない世界で色を持つ怪物とであってそれが消えると同時に世界に色がつくという話ならしいです! 違ってたら ごめんなさいm(_ _)m

昔みたいなファンタジー感も無ければ、R&B感もない。うーん、敢えて例えるならノイズがないSigur Rósって感じかな。サビのメロディは壮大で、伴奏も少し厚くなるけど、ボーカルは裏声で歌っているのがかっこいい。

Aメロのボーカルは同じフレーズを何度か繰り返していて、伴奏はほぼクラシック的な裏メロだけ。その裏メロがすごく美しい。一番はピアノ、二番はギターと変化が付けられていて飽きないね。聞き入ってしまった。

すごく音符の細かいフレーズだから、テクニック的にもすごいし、この裏メロがすごくコード感を出していて、同じメロディの繰り返しでも、他に伴奏が無くても曲に展開が生まれている。こういうアレンジは個人的に大好きだし、他にも好きな人多いと思う。

セカオワSOSの感想【1】逆説を効果的に使っている

出典:@saori_skow

静寂。それがこの歌の意味

周りの世界になーんにも感じないことよ

でもこの「無感覚」をあえて私は歌にする

何とかして君に届けと願いながら

セカオワのSOSの冒頭部分ざます。子どもの頃には聞こえていたはずの声が大人になると聞こえなくなるという「無感覚」。この「静寂」を歌にする。これは常識的に成り立ちがたいことを成り立たせる「逆説」という方法ざます。

例えば、教科書にも登場する評論家の鷲田清一は次のような逆説を再三提示しているざます。「私自身の最も近くにいて最も知らない、それどころか見たこともないのはほかならぬ私自身である」

私自身が私を見たことがないというのはある意味詭弁に聞こえるざます。しかし鷲田清一は、どの人も自分の手や足を見ることができても、顔や背中を直接見ることはできないではないかと主張するざます。確かに鏡に映った逆さまの像を除いて、私たちは自分の顔や背中を見たことがないと言えるざます。

このように一見矛盾する詭弁を示して、徐々に成り立たせてゆくことで、印象付けるレトリックを逆説と呼ぶざます。

「急がば回れ」この逆説なら、小学生でも解けるざます。

SOSの歌詞は、冒頭部分で逆説を提示し全体を印象つける上手な展開になっているざます。

セカオワSOSの感想【2】さおりや深瀬が傷ついた過去を土台にしている

出典:@saori_skow

もし誰かのSOSを聞いたら、それに答えることが試金石

そうすれば君の人生は大きく変わる!

だから助けを求める声に耳をふさがないで

だって最後にはそれが君自身を守るすべだから

一人ぼっちにならない方法なんだから

SOS作詞者のさおりは、ご承知の方も多いように小中学生を通じていじめや仲間外れに悩み乗り越えてきた人物ざます。

両親や二人の弟に大切にされて育ったことで、多少自己中心的なところがあったさおり。小学生時代のある時期にライバルの級友にボス争いで敗れ、以降グループを組むときに余ってしまう、ランドセルに死ねと書かれるなどかなりのいじめを受けているざます。

中学生になっても仲間外れとなり、クラス内を放浪。最初は「オタク、ガリ勉、運動音痴、不思議ちゃん」に接近するもタイプが違うため無視され、最終的に不良グループに受け入れられ何とか居場所を作っているざます。

詳細 ➡セカオワ さおりの過去~子供の頃のいじめや深瀬との哲学論議~

一方の深瀬は、不良から多少目をつけられたくらいでいじめという点ではそれほど苦労していないようざますが、よく知られている通り精神病による留学の失敗、大学受験の失敗などかなりの苦労をしているざます。

詳細 ➡セカオワ人気の本当の理由を考察~深瀬の過去編~

2人に共通するのが、人生のなかで何度もSOSを発し、それが周りに上手く届かなかったこともあるということざます。特にさおりは小学校から中学校にかけて、再三SOSを友達に無視されているはずざます。

「SOS」はさおりや深瀬のこのような過去の経験が土台となっているため、借り物でない説得力に満ちた作品となっているざます。

さおりは「SOS」のなかで次のように言うざます。

When you hear an “SOS”, answering it becomes a test.

もし誰かのSOSを聞いたら、それに答えることが試金石

注) answering it は動名詞。「それに応えること」

人間にとって誰かのSOSを聞いたら、(無視したほうが楽だという誘惑に負けることなく)それに答えるのが試金石(=test)だと言っているざます。

becomesは現在形になっていますから、さおりはこれを人類普遍の真理として主張しているざます。

もしあなたがいじめられたり無視されている誰かのSOSを感じたら、あなたが神さまから人間としてtestされているということざます。

あなたはこのtestでこれまで何点を取ってきたざますか?0点の人もいれば100点の人もいるでしょう。しかしさおりは言うざます。

もし誰かのSOSを聞いたら、それに答えることが試金石

そうすれば君の人生は大きく変わる!

だから助けを求める声に耳をふさがないで

だって最後にはそれが君自身を守るすべだから

一人ぼっちにならない方法なんだから

このtestの点数が悪ければ、いつか君自身が被害を受け、いつか君自身が一人ぼっちになるときが来ると。

ママは大人ですからSOSの声はもう聞こえないざます。練馬区にも東京にも日本にも苦しんでいる人はたくさんいる。そして世界にも。でもママ一人でどうにかできる問題ではないですから、SOSの叫び声はいつか聞けなくなってしまったざます。

しかしママが大人だからこそ分かることがあるざます。すべての行いはブーメランのように見事に自分自身に還ってくるざます。

ママの知人である会社の元部長さんがいるざます。仕事を辞めたあと職場の近くを通り懐かしくなりお土産を持って寄ってみたところ、皆忙しくほぼ無視されたとのことざます。部長という権限がなければ、その人には尊敬する要素がないということざます。

人がSOSを無視するのは、たまたま自分が強い何かに守られていて関係がないと感じるからざます。しかしその「殻」はいつかなくなるかもしれないざます。そのときに見事なまでに自分がやってきたことがブーメランのように還ってくるものざます。

さおりは、子どもしか聞くことのできないSOSの声と大人しか知らない「因果応報」を融合させ素晴らしい作詞をしたと思うざます。

以上がママの感想ざます。

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