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この記事は私がまとめました

BonoReedさん

活動期間:90年~
出身地:ダブリン
メンバー:Glen Hansard、Joe Doyle、Colm Mac Con Iomaire、Rob Bochnik、Graham Hopkins (元メンバー)Noreen O'Donnell、Dave Odlum、Paul Brennan、Dave Hingerty、John Carney、Graham Downey

Discogs:http://www.discogs.com/artist/257023-Frames-The
HP:http://www.theframes.ie/
HP(グレン):http://www.glenhansardmusic.com/songofgoodhope/
HP(The Swell Season):http://www.theswellseason.com/
FB:https://www.facebook.com/theframesofficial
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ファンサイト(超充実):http://www.orderinthesound.com/
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The Frames。グレン・ハンザード率いるアイルランドでU2に次いで2番目に人気があると呼ばれるバンドです(が、そういわれているバンドは他にもあります《笑》)。グレン・ハンザードは70年4月21日生まれ。ボノより10歳年下です。影響を受けたミュージシャンはレナード・コーエン、ボブ・ディラン、ヴァン・モリソン。好きなギタリストはデイブ・ギルモア、ピーター・グリーン、J・J・ケイル。初めて行ったライブはThe PoliceとU2。

13歳の時に学校の先生から「君はボブ・ディランのアルバムで誰が演奏しているか分かっても、√のことはほとんど理解してないじゃないか。そんなに音楽が好きならミュージシャンになれ。学校はなんとか卒業できるようにしてあげる」と言われ、屋台で果物を売っていた母親もこれに賛成して学校を辞め、バイトしながらダブリンの路上で歌うようになります(Busking)。このへん、なんとものんびりしていていいですね。路上ミュージシャン時代のレパートリーはボブ・ディランやニール・ヤング。やがて仲間からThe WaterboysやR.E.M.やPixiesなどを教えてもらい、音楽の幅を広げていきます。

そんな頃、グレンは奇跡の出会いをします。ミュージシャン仲間からヴァン・モリソンの50歳の誕生日会に招かれ、彼がジェリー・リー・ルイスと演奏するのを聴く機会と彼の前で演奏する機会を得たのです。ヴァンはグレンの歌にじっくりと耳を澄まし、聴き終えた後、「いい声をしているし、いい歌だ」と褒めたとか。もしかしたらヴァンは色んな人にそう言っているかのかもしれませんが、グレンは大いに励まされたそうです。

しばらくそんな生活をしていましたが、十代後半から母親が銀行から借りてきた金でデモテープ作ってレコード会社に送るようになり、そのうちの一つがU2が在籍するアイランドレコードの目に留まりました。87年にU2が「The Joshua Tree」でブレイクして、各レコード会社が二匹目の泥鰌を血眼になって漁っていた時期です。グレンはスカウトの男にあるアパートに連れて行かれました。そこで待っていたのは、なんとマリアンヌ・フェイスフル、ロン・ウッド、スチュアート・コープランドといった超大物たち。グレンのデモテープを聴くと、彼らは口々に「素晴らしい」と褒め称え、スチュアートなどはI.R.S.レコードの社長をしている兄のマーク・コープランドに連絡するとまで言ってくれました。有頂天になったグレンは早速アイランドと契約を交わし、路上ミュージシャン仲間を集ってバンドを結成します。それがThe Frames。名前の由来は自転車修理工として働いていた時、家の庭を自転車のフレームでいっぱいにしていて、近所の人々から「フレームの家」と呼ばれていたことに由来します――が、アイランドはグレン一人と契約したはずなのに、バンドを結成したことを快く思っていなかったそうです。

が、いざデビューアルバムのレコーディングに入ろうとした時、グレンに映画出演の話が舞い込こみました。アイルランド系アメリカ人である巨匠アラン・パーカーが、無名の俳優を起用して、R&Bバンドを組んで一攫千金を目論むダブリンの若者たちを描こうというのです。それが「ザ・コミットメンツ」です。

91年。映画は大ヒット。バンドは映画の世界を飛び出して、世界ツアーまで行いました。11年、映画公開20周年を記念して、バンドはキャッスルバー、キラーニー、ベルファスト、ダブリンの四都市を回る再結成ツアーを行いました。

この映画の主演者は その後もショービジネスの世界で頑張っているようです。
http://bettertomorrow.blog71.fc2.com/blog-entry-81.html

ちなみに「パルプィクション」にも出演しているブロナー・ギャラガーというのは、この動画の黒いTシャツを着ている女性なのですが、このTシャツが何を隠そうThe FramesのTシャツなのです。

映画の撮影とツアーでバンド活動が停滞したり、デビュー前に有名人になったことでやっかまれたたりして、グレンはこの映画出演は自分の音楽キャリアにとって、プラスにならなかったと考えているようです。

映画の喧騒が終わると、いよいよデビューアルバムのレコーディングに入りました。プロデューサーはPixiesやFoo Fightersとの仕事で有名なUKの売れっ子プロデューサー・ギル・ノートン。が、ギルとはそりが合わず事あるごとに対立、またアコギで作った曲が、一度、バンドの曲になると、思っていたものと違っていたりして、戸惑うこともしばしばで、作業は難航しました。が、そんなときにもいいことはあって、たまたま近くのスタジオにいたボブ・ディランがThe Framesの音楽を気に入って、バンドをロンドンライブの前座に起用、さらにその夜、夕食をご馳走になり、ヴァン・モリソンとエルビス・コステロと同席するという恩恵に授かりました。後年、07年にThe Framesがボブの豪州・NZツアーを前座を大々的に務めることになるとは、この時は知る由もなかったでしょう。デビュー前にレジェンドと顔を合わすなんて、まさに神がかりだ――とグレンも思ったことでしょう。さて音楽の神はグレンに微笑みかけてくれたのでしょうか?

91年1st「Another Love Song

グレンはフォークだけではなく、ヘビメタやファンクの好きなメンバーとともに様々な音楽をミックスした「新しい音楽」を目指したそうです。声を張り上げて歌うスタイルは、路上で歌っていた時代、人々の注目を集めるためにそうしていて身に付いたそうです。批評家には「ニック・ドレイクmeets Pixies」と評されました。

長らく廃盤でしたが、10年に再発された時にIRE77位を記録。

The Poguesのマネージャーはこの曲を初めて聴いた時、The Undertonesの「Teeage Kicks」以来の衝撃を受けたとか。ちなみにこの曲は後年全く違う曲になって生まれ変わっています。

が、アルバムは批評家には酷評され、セールス的にも大惨敗。バンドはたった一枚でアイランドとの契約を切られてしまいました。「ミュージシャンになれなければ自殺する」とまで考えていたグレンは大いに落胆したそうです。

レーベルとの契約を切られ、バンドメンバーの何人かは去り(この時後に「Once」を監督するジョン・カーニーも去っています)、将来に展望が見い出せず絶望するグレン。が、そんな時、グレンは一本の映画を観ます。「アギーレ/神の怒り」で有名なドイツの映画監督ヴェルナー・ヘルツォークの「フィツカラルド」。

http://killshot.blog65.fc2.com/blog-entry-134.html

↑こういう内容の映画らしいのですが、グレンは山を超える船に音楽の世界で生きていく自分を見立てて、一発奮起。単身ニューヨークへ渡って、作曲に勤しみ、ダブリンに舞い戻ります。

このPVのロケ地は地元の郵便局で、ビデオを借りる金がなかったので、そこの監視カメラに映った映像をそのままPVに使ったそうです。この「Revelate」がIRE30位とヒットしたことにより、「ラジオスターの悲劇」で有名な元The Bugglesのトレヴァー・ホーンが主催するレーベルZTTに目をつけられ、同レーベルと契約。グレンは新たなメンバーを募ってアルバムのレコーディングに入りました。

95年2nd「Fitzcarraldo」 IRE26位

・ホットプレス誌が選ぶオールタイムベスト第21位
・ジョン・ミーガー(アイリッシュ・インディペンデント紙)が選ぶオールタイムベストアイリッシュアルバム第23位
・Clausが選ぶオールタイムベストアイリッシュアルバム第11位

プロデューサーは元The Boomtown Ratsのピート・ブリクエット。当初、アメリカに同名のバンドがいることが分かったためThe Frames D.C名義で発売されましたが、翌年、The Frames名義で再発。その際、最初の五曲をホーンがプロデュースし直しています。このアルバムはヒットして、ようやくバンドとしての地位を確立しました。

99年3rd「Dance The Devil」 IRE28位

・ホットプレス誌が選ぶオールタイムベスト第8位
・Clausが選ぶオールタイムベストアイリッシュアルバム第7位

スティーヴ・アルビニのアドバイスで、フランスの片田舎でレコーディングされました。ここに来てようやくバンドの骨格が固まったという感じ。グレンの風貌や歌声からして、一見、フォークグループのようですが、ギターは歪みまくり、音響効果使いまくり、曲の構造凝りまくりのオルタナティブロックバンドなのでした。ちなみに「Neath the Beeches」という曲は、グレンがThe Commitmentsの一員としてアメリカをツアーして回っていた時、ローディーとして働いていた、当時、まだ無名だったジェフ・バックリーについての曲です。ジェフもボブ・ディランとヴァン・モリソンが好きで、意気投合した二人は一緒につるんでいのですが、ある日、グレンがティム・バックリーの曲を弾き語った時、ジェフから「それは父さんの曲だ」と言われて、吃驚したそうです。アルバムはヒットし、映画やテレビ番組に使われ、商業的にも成功。このへんから「食える」ようになったそうです。また初のUKツアーも敢行しました。

01年4th「For the Birds」 IRE6位

・ホットプレス誌が選ぶオールタイムベストアルバム第15位
・アイリッシュタイムが選ぶオールタイムベスト第33位
・Clausが選ぶオールタイムベストアイリッシュアルバム第8位

さらなる制作上の自由を求めてインディーズからの発売。プロデューサーはスティーヴ・アルビニ。前作の路線をさらに推し進めた感じでバンドの最高傑作の誉れも高いです。チャートポジションもIRE6位と初の一桁台に乗って、ダブルプラチナ(3万枚以上)に輝き、このへんからU2に次ぐアイルランドを代表するバンドになりました。また初の大々的な欧州ツアー、北米ツアーも敢行しました。

Albini先生は本当にヨーロッパ系のバンドを手がけるときはさらっとした仕事をなさいますなー。まったくひねたところがなく、演奏もそつなくやっていく日本にもよくいるタイプのバンドです。ボーカルは非常にエモーショナルでThom Yorkを連想するレビューがあるのもあながち間違いではない……。The Framesのボーカルはフォークでよく聴かれるのどでかさついた暖色系の声をもっているように思います……ぽーんと全世界にいきそうな感じもしますけどね。

スロウコアと呼ぶにはエモーショナルな瞬間があるし、インディロックだと位置づけるには枯れ具合と音響の緻密さが群を抜いてる 。いずれにしてもジャンルという小さな村に埋没させておくには口惜しい 味わい深きアイリッシュモダンロックによる鳥たちの囀りのような美協和音 。

一言で言うと、GODSPPED YOU BLACK EMPEROR!に枯れた声のボーカルが乗った感じ。静から動。ストリングスを要所要所に配して静かに展開していって、後半に向かうに連れて、ギターノイズと共にエモーショナルに高まっていく。最高潮に達するクライマックスは感動的。哀愁たっぷりのメロディと枯れた声のボーカルもいい。

01年、路上ミュージシャン時代の盟友マイク・クリストファーがThe Warteboysの欧州ツアーに前座として同行中、楽屋で誤って足を滑らせて頭を強く打ち、亡くなるという悲劇が起こりました。グレンは彼の死を深く悲しみ、彼の追悼ライブを企画するとともに、彼の遺作にして1stアルバム「Skylarkin」の発売に尽力しました。

04年5th「Burn the Maps」 IRE1位 オランダ54位

02年「Breadcrumb Trail」、03年「Set List」の二枚のライブ盤でIREチャート1位を記録していますが、スタジオアルバムとしては初の1位を記録。オランダでも54位とチャートインしました。ちなみにこの時のツアーでは、デビューしたばかりのダミアン・ライスを大々的に前座に起用しております。

アルビニ録音の前作は空間性と立体感に彩られた作品でしたが、本作では立体感は残しつつ、アンサンブルのダイナミズムを全面に押し出したかのような密度の濃いロック・サウンドになっています。繊細でメロディアスな展開と激情バーストが大きくうねるように交錯していくドラマティックな様相は聴き応え充分!ガツンときます。

「うた」を基本に据えたメロディアスで素晴らしく美しいアルバムに仕上げている。すき間を生かしたスロウ・コアなテイストにこだわらず緩急を織り交ぜた絶妙の展開はさすが、ベテラン・バンドの味わい……「地図を燃やせ」というタイトルの示す真意はわからないが、思うがままに、流れのままに設計図もなく、作り上げたいという思いが籠もっているような気がする。

06年6th「Cost」 IRE2位

前作、前々作とはかなり様子が違って、リラックスしたラフな作り。The Framesの作品としては一番聴きやすいかもしれません。

「Once」でも印象的に使われたこの曲も収録。グレンはU2を評して、「教会みたいなもので尊敬と恐れの対象」「僕の人生にとって重要な存在ではないし、バンドもU2の後を追っていない」と述べていると同時に、いつか「WOWY」や「One」のような曲をいつか書いてみたいとも述べていますが、もしかしたらこの曲がグレンにとっての「WOWY」であり、「One」なのかも。ちなみにThe FramesはU2の「40」をカバーしています。日本のアマゾンでは売っていませんが「Even Better Than the Real Thing Vol. 3」収録。

06年The Framesの元ベーシスト・ジョン・カーニーが監督したこの映画にグレンは既にThe Swell Seasonで一緒に音楽活動をしていた恋人のマルケタ・イルグロヴァともに出演。低予算で制作された映画は、世界中で大ヒット、「Falling Slowly」はアカデミー歌曲賞を受賞し、一躍、グレンは超有名人になりました。

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