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聖徳太子の「和を以って貴しとなす」…ちゃんと使ってますか?

前にもちょっと触れてるのですが…日本の右向け右のアホ教育のせいで、余りにも間違っている人間が多いのでもう一回個別に作っておきます。

更新日: 2016年09月02日

sakukenhiroさん

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先ず、和を以って貴しとなすの意味

和を以て貴しとなす
【読み】わをもってとうとしとなす
【意味】和を以て貴しとなすとは、何事をやるにも、みんなが仲良くやり、いさかいを起こさないのが良いということ。

故事ことわざ辞典より引用。聖徳太子のことわざですが、これ…根本の文字の意味を知らないで「皆で同じ方に向いている事が大事なんだよ」と「同調圧力」の肯定に平然と使っている人がまだいます。なんでこの和の意味がいつまで経っても理解できない人がいるのでしょうか?これは全部の日本人が明確に覚えなきゃならない事です。

なんで、何が間違っているのか下に指摘していきます。

そもそも文頭に出て来る「和」の文字…「和」する事と「同」ずる事は同義ではない。

一応リンクを貼っておきましたが、事例を見れば分かる通り、和と言うのは互いに「協調」する事を指すのであって、同と言う言葉が示す様に「等しい」「おなじ」であるという事ではないのです。つまり和は「目的」であって、その目的を求めるものそれぞれに「違い」があるのが前提になっているのです。

これを間違って使ってる人と同じく「同を以って貴しとなす」と置き換えてみて下さい。「同じである事をもって貴いとする」???ただの同調圧力の肯定にすぐにすり替わります。これ…ホント現代日本人に巣食う心の闇です。

そして「和」と「同」が違うのは、聖徳太子より遥かに前の時代のこの人が証明している。「子曰く、君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」

君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず
【読み】くんしはわしてどうぜず、しょうじんはどうじてわせず
【意味】君子は和して同ぜず小人は同じて和せずとは、すぐれた人物は協調はするが、主体性を失わず、むやみに同調したりしない。つまらない人物はたやすく同調するが、心から親しくなることはないということ。

論語に出て来る諺ですが、孔子は明確に「君子は「和」して「同」ぜず、小人は「同」じて「和」せず」と同と和を「別々のもの」として言っています。

つまり「和を以って貴しとなす」の「和」を「同」と捉えている時点で「小人」=つまらない人物。崩していえばw「単なる右向け右なんかバカしかやらねーよ」とまで言ってしまってるんですw

今の日本人は、永らく右向け右の同調圧力に準じる事を、幼い時から叩きこまれてしまってるが為こんな事になってしまうのでしょうが、これを一緒にしてしまうのは恥ずかしいにも程がありますwちゃんと理解して使って下さい。

ちなみにこの「和を以って貴しとなす」という諺もこの論語に由来しています。

聖徳太子が発布した十七条の憲法。
そこには、「和を以て貴しと為す」という言葉があります。
これは、論語に由来しています。

有子曰わく、礼の和を用(もっ)て貴(たっと)しと為すは、先王の道も斯(これ)を美と為す。小大(しょうだい)之に由れば、行われざる所あり。和を知りて和すれども礼を以て之を節せざれば、亦(また)行うべからざるなり。(学而第一・仮名論語7頁)
有先生が言われました。
「礼において和を貴いとするのは、私一人の考えではない。昔の聖王の道もそれを美しいことと考えた。だからといって、和だけですべての人間関係を行おうとすると、うまく行かないことがある。和の貴いことを知って、和しても礼(敬謝謙譲等の心)を以て調節しないと、うまく行かないのである。」

和する事には礼が必要。正に「親しき仲にも礼儀あり」所詮外向けに虚飾に塗れているだけで、内向きには横柄になっているようではダメだってことですw

昨今日本揚げの風潮が未だにありますが、村根性の蔓延しかり、今の日本人は完璧に精神性が廃れています。「人のふり見て我がふり直せ」じゃないですがwお外の国をどうこう言う前に、この日本国内に蔓延るどうしょもない病をどうにかした方がいいです。

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sakukenhiroさん

最近、外部に私の作っているものと全く同じものがあるようですw(そんなアクセスないんですがw)NAVERのページでないものは外部サイトへ飛ばされる等、危険なものがあるようなのでお気を付け下さいw

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