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天六ガス爆発事故とは

1970年(昭和45年)4月8日夕刻、大阪府大阪市北区天神橋六丁目(通称:天六)の大阪市営地下鉄谷町線天神橋筋六丁目駅の工事現場で起こったガス爆発事故とは一体どんなものだったのでしょうか

更新日: 2016年05月30日

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puchimaruさん

天六ガス爆発事故 (てんろくガスばくはつじこ)とは、1970年(昭和45年)4月8日夕刻、大阪府大阪市北区天神橋六丁目(通称:天六)の大阪市営地下鉄谷町線天神橋筋六丁目駅の工事現場で起こったガス爆発事故のこと。
死者79名、重軽傷者420名の大惨事となった。家屋の被害は全半焼した家屋が26戸、損壊が336戸。近隣でドアや窓ガラスが壊れた家屋は1000戸以上ともいう。
出展wikipedia

昭和35年の天六阪急駅ビル写真、天神橋筋六丁目付近

時代背景

万国博を契機に、過密都市大阪の再開発が急ピッチで進んでいた。

事故の原因は

天六地下鉄工事現場で、 継手の抜け止め施工をしなかったガス中圧管から、突然都市ガスが噴出し構内に充満、 大阪ガスパトロール車のエンジンの電気火花が引火して炎上。 多数の見物人が集まったところで、爆発した。

重さ380kgの覆工板約1500枚が木の葉のように空中に舞い上がった。

物見高く 集まっていた群衆は吹き飛ばされ、なぎ倒され、坑内へなだれを打って押しつぶされていった。 10mも吹き上げたガスの火柱は付近の民家に燃え移り、路面両側の街区を延焼2,170㎡を焼き尽くした。

野次馬に来ていた多くの人を巻き込む事になり事故は凄惨なものとなった。

事故後の裁判では

大阪市交通局、ガス管所有者の 大阪ガスの3者に対し、 工事責任と発注者としての監督責任およびガス管理者としての安全維持措置遂行に係る 確認責任の共同責任があったと裁判で認定された。

被害者への補償は

犠牲者と家屋の損害などに対する三者の補償が、異例の早さで進められたことである。死者79人と家屋などに対する補償は、事故の8カ月後に終わった。死者は1人1200万円前後で、総額は約9億1000万円。負傷者に対する補償も、後遺症などで長びいた1人を最後に83年(同58年)に完了した。総額は、約5億9000万円だった。

国内での類似事故

静岡駅前地下街爆発事故(しずおかえきまえちかがいばくはつじこ)は、1980年(昭和55年)8月16日土曜日に静岡市紺屋町(現・静岡市葵区紺屋町)の、国鉄(現・JR東海)静岡駅北口側の地下街で発生したメタンガスと都市ガスの2度にわたるガス爆発事故である。15人が死亡、223人が負傷する大惨事となった
出展wikipedia

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