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discoveringさん

米国は原爆投下でも日本が降伏しなかった場合に備えダウンフォール作戦という日本本土上陸作戦を策定していたんだ。

この作戦は南九州上陸作戦であるオリンピック、関東平野上陸作戦であるコロネットに別れていた。

アメリカの日本本土上陸作戦は「ダウンフォール作戦」と呼ばれた。ところが、日本空爆の責任者カーチス・ルメイ将軍は、ダウンフォール作戦は不要だと考えた。実際、彼は軍上層部にこう言い切っている。
「空爆だけで日本の軍事インフラを完全に破壊できる。1945年10月1日までに」

一方、陸軍参謀総長ジョージ・マーシャルはこれに否定的だった。彼は戦後こう語っている ・・・

我々は沖縄戦で苦い経験をしたばかりだった。82日間わたる戦闘でアメリカ側は1万2500人以上の犠牲者をだした。日本人は決して降伏せず、死ぬまで戦うのだ。だから、日本本土における抵抗はさらに激しいものになるだろう。我々は一夜の爆撃で10万人の市民を殺したのに、何の影響もないように思われた。日本の都市をつぎつぎに破壊したが、彼らの士気が衰えた気配はまったくなかった(※2)。

結局、アメリカ統合作戦本部は、完全な勝利を得るためには、膨大な犠牲を払ってでも、日本本土上陸作戦「ダウンフォール作戦」をやるしかないと結論づけたのである。ただし、その前に日本をできるだけ弱らせておこう。そのための作戦が無差別都市爆撃と海上封鎖だった。

当時、マッカーサーは日本の戦力を正確に分析していた。

1.日本の艦隊は実質壊滅している。

2.日本の航空兵力はバラバラの自爆攻撃に頼るだけの存在である。

3.沖縄の空軍基地と空母が連携すれば、九州上陸の空からの支援は可能。

4.九州に空軍基地を建設すれば、日本本土の制空権を確保できる。

ダウンフォール作戦の作戦資料によれば(※2) ・・・

全体目標は「日本の全面降伏」、作戦は2段階に分けて実行される。

【第一段階】
制空権と制海権を確保し、日本本土を封鎖する。さらに、集中空爆によって日本の抵抗力を粉砕する。

【第二段階】
日本本土へ侵攻し、重要地域を制圧する。

第一段階は「オリンピック作戦」、第二段階は「コロネット作戦」と命名された。

海上兵力の主力はハルゼーの第三艦隊とスプルーアンスの第五艦隊

内訳が空母40隻以上、戦艦24隻、補助艦400隻以上というとんでもない数の大艦隊だったんだ。
これに3000隻以上の輸送艦と上陸用舟艇も来る上、英海軍の増援も参加予定だった。

原爆が開発されなかった場合‥
オリンピック作戦が発動され、米軍は11月に南九州に上陸、天皇聖断が出ないかぎり国民のほとんどは民兵としてサイパン・沖縄戦と同じ軍民玉砕方式で補給が途絶しようが餓死しようが徹底的に抵抗して戦線は膠着、そこに翌年3月コロネット作戦が発動され関東地方が激戦地になり、おそらくそこで政権がクーデターで崩壊するか天皇聖断が出るかして終戦。もしそうならなければ徹底的に泥沼化して他の連合国も参戦して最終的に分割占領という形で終戦するまでに確実にもう1年はかかります。

ソ連はおそらく史実より多少遅れて満洲進攻と同時に南樺太、千島、北方4島を占領、そして米軍九州上陸の前に北海道に進攻、戦況次第ですがなるべく米側の損害も増やしたいソ連は北海道占領にとどまるでしょう。ただし前述のように完全に泥沼化すれば本土にも進攻してくるはずです。

原爆が投下されていても日本がポツダム宣言受諾を拒否した場合‥
オリンピック作戦が11月に発動されるのは同じですが、さらに悲惨な状況になります。当時アメリカは原爆を単なる大量破壊兵器としかみなしておらず放射線障害などについては全く眼中にありません(実際に戦後の米軍核軍事演習に参加した多数の米兵が重い放射線障害になっています)。ですからここぞというところで戦術核として原爆を使用、日本側の損害のみならず核攻撃後に進撃する米軍側にも重症放射線障害で苦しむ者が続出します。まずもってコロネット作戦後半年あればどんな形であれ降伏に追い込めるでしょうが、核焦土の状態に加え日本人の敵意も高くなり占領統治や戦後復興は非常に困難になるでしょう。

ソ連は史実通り米側の威嚇に屈して北海道進攻はあきらめるでしょうが、核開発(史実では1949年8月)が思い切り加速され、一方で米軍の作戦や戦後処理がもたついたりした日にはそのまま全面核戦争になりかねないところです。目もあてられませんね。

作戦の中には、機雷による徹底的な海上封鎖、ABC兵器の無差別使用、薬剤による農地壊滅などが含まれていたため、後のことを考えなければできたかもしれません。
実際にそこまでやってしまった後に、どう処理するつもりだったのか?と、聞きたいところですけれども、その辺については情報が出てきませんでした。

アメリカ軍にしても単純計算65年分の死傷者が出る可能性

そこまでの事態になったかどうかは神のみぞ知るところですが、もしそんなことが実現化していたら、今頃日本という国どころか、日本人という民族が存在しなくなっていたおそれすら否定しきれません。
それに伴い、アメリカ軍の被害も甚大なものになると予測されていました。

アメリカ軍には軍の死傷者に与える「パープルハート章」というものがあるのですが、ダウンフォール作戦での必要数を見越して、50万個も作っていたそうです。単純に一人一つとして、50万人の犠牲を要する作戦なんて、常識の範囲では採用できないですよね。
米国本土が戦場になっていないからこそ、計画できたともいえます。元の人口が多い上に、それだけ損耗が少ないわけですから。

結果的にダウンフォール作戦が行われなかったため、パープルハート章は一度製造停止になりました。が、既に用意されていた分はその後、ほかの戦争での死傷者へ授与していました。50万個を使いきったのは、2010年ごろだといわれています。
つまり、ダウンフォール作戦が実行されていたら、単純計算で65年分の死傷者が出ていたということです。

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