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「置かれた場所で咲く」シスターという生き方 渡辺和子

「置かれた場所で咲きなさい」のベストセラーで知られる渡辺和子さん。現在もノートルダム清心学園理事長として、生徒たちの育成につとめる。二・二六事件で父を殺された壮絶な過去をはじめ、様々な苦難を乗り越えてきた修道女(シスター)の言葉は人の心を打つ。SMAP中居正広の「金曜日のスマたちへ(金スマ)」登場。

更新日: 2019年04月07日

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aku1215さん

■「置かれた場所で咲きなさい」が大ベストセラー

著書「置かれた場所で咲きなさい」(幻冬舎刊)が100万部を超えるベストセラーとなったノートルダム清心学園理事長の渡辺和子さん。数々の困難を乗り越えてきた、実体験に基づく言葉は、多くの人の胸を打つ。

「置かれた場所で咲きなさい」 渡辺和子 / 著 

時間の使い方は、そのままいのちの使い方。置かれたところこそが、今のあなたの居場所なのです。「こんなはずじゃなかった」と思う時にも、その状況の中で「咲く」努力をしてほしいのです。

■88歳の現在もノートルダム清心学園の理事長として活躍

ノートルダム清心学園で理事長を務める渡辺和子さんが、ここまでの人生のなかで綴られた言葉は、多くの人びとの “心の支え”となってきました。85歳の今も女子学生たちと親しく会話し、慕われている渡辺さん。

ノートルダムの教育はどのような環境にあっても、そこで諦めることなく、世界に一つだけの花として、自分しか咲かせられない花を咲かせる女性の育成をめざしています。

創立者の精神を建学の精神として、幸せを自分で創り出し、置かれたところで咲く人たちを育ててゆきたいと思っています。

■二・二六事件で父を殺された歴史の生き証人

渡辺さんは九歳の時に、二・二六事件(昭和十一年二月二十六日、陸軍の一部青年将校らが急激な国粋的変革を目ざし、部隊を率いて首相官邸などを襲い、叛乱を起した事件)のテロで陸軍教育総監だった父親を目の前で殺されたという体験をしています。

「私も、目の前1メートルの所で43発の弾を撃たれた父が死んでゆく姿を見て、今日まで生きておりますと。そして自分なりの花を咲かせる努力をして参りましたと」―お父様は2・26事件(1936年)で亡くなった渡辺錠太郎・陸軍教育総監。その時、シスターは9歳でした。

■29歳で修道女(シスター)になる

18 歳でキリスト教の洗礼を受け、聖心女子大から上智 大学大学院修了。 29 歳でナミュール・ノートルダム修道女会に入会。 ボストン大学院で博士号修得。

私の心はいつも女学校時代を過ごした雙葉にあって、修道会に入るならサンモール会(雙葉を経営する修道会、現・幼きイエス会)と決めていたのでした。私は見事に入会を断られてしまったのです。かくて、洗礼を雙葉のチャペルで受けてから11年間、想いに想っていた「恋人」から捨てられたのでした。

お断りになる側にはそれなりの理由があって、その当時、29歳といえば、入会のギリギリの年齢であり、それも、慎ましやかな生活を送っていた者ならともかく、修道生活を希望する真意を疑われても仕方がないような派手な生活をしていたこともありました。

初対面で「年を取りすぎています」と言われ、難色を示された時はショックでした。「ああ、結構です。それならそれで、別のところを探します」。生来勝気な私は、頭を下げてまで入れてもらおうと思わず、11年にわたる「恋」に潔く終止符を打って、ある人のすすめで、まったく見も知らないノートルダム修道女会の門を叩いたのです。

渡辺さんは29歳の時に家族と離れ修道院に入り、生涯独身を誓うシスターになる決意をした。スタジオでは渡辺さんへの視聴者からの「結婚したいと思う事はなかったのですか?」という質問が紹介。

渡辺さんは「お父様のような人と結婚したいと口癖にしてたんだそうです。色々な話もございましたけど、シスターたちの姿を見まして広い世界で働きたいと思うようになりました」などと語った。

■36歳でノートルダム清心女子大学学長に抜擢される

56年ノートルダム修道女会入会後、アメリカへ派遣されボストン・カレッジ大学院で博士号取得。63年に36歳という異例の若さでノートルダム清心女子大学学長に就任し、90年まで務める。

「東京育ちの私は、岡山に来て36歳で3代目の学長となり、苦労しました。シスターの中で一番若く、その大学の卒業生でもないし、岡山という土地にも初めて来た人間でした」

「学長は初代も2代目も70代のアメリカ人。それに、当時すでに、ここの大学には、それまでの学長を補佐してきた50代のアメリカ人シスターがいらしたんですね。その方が3代目におなりになると思っていたのに、私がよそから来て横取りしたようにお感じになった人もいたかもしれません。そのようなこともあって、風当たりはございました」

「大学ではトップで、修道院に帰れば一番のボトムだった私には、役割葛藤(注・複数の役割の中でどの役割に対する期待に応えるべきかジレンマに陥ること)がありました」

■うつ病、膠原病なども経験

「50歳でうつ病、60代半ばで膠原病になり、ステロイドで治しましたけれど、副作用で骨粗しょう症になって圧迫骨折をご丁寧に3回しています。」

50歳のときにはうつ病になり、68歳で膠原病を患う。その治療薬の副作用で背中の骨が損傷し、身長は14センチも縮んでしまった。

■心を打つ言葉

不平不満を口にする私にある神父様が一つの詩をくださったのです。「神様がお植えになったところで咲きなさい。咲くということは仕方がないとあきらめるのではなく、笑顔で生き、周囲の人々も幸せにすることなのです」

毎年4月に入学してくる学生たちの中には、この大学を第一志望としていなかった人も何人か必ずいて、私は「仕方なく入って来た」とわかる学生たちの顔を見ながら考えます。

人生は、いつもいつも第一志望ばかり叶えられるものではありません。そして必ずしも、第一志望の道を歩むことだけが、自分にとって最良と言えないことだってあるのです。

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