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何を封じた!?池の底に剣が突き刺さっていた「椹池」の謎と伝説

山梨県の甘利山にある「椹池」は、かつて突然干上がり、湖底に謎の鉄剣が突き刺さっているのが発見され、話題となったようです。誰が何のために剣を突き刺したのかは、今でも謎だったり、この池に残る大蛇伝説もあり、とても神秘的な池です。

更新日: 2016年10月22日

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CuteMonsterさん

山梨県に「椹池」があります

甘利山の中腹には、椹池(さわらいけ)がある。標高1,240m、面積約1ha、特異な景観を持つ楕円型の池である。

静かな水面には、イモリ、トンボ、ドジョウなど水辺の生き物が見られ、初夏から賑やかなカエルの声が響きわたります。
また、クリ、クロモジ、様々なカエデ、サワギキョウなど甘利山山頂とは一味違う動植物がここには点在し、訪れる人を楽しませてくれます。

この池には謎と伝説があり、とても神秘的なんです!

かつて湖が突然干上がり、湖底から見つかったのは・・・

出典ameblo.jp

現在鉄拳は朽ちて折れてしまったため、見ることはできないようです。
鉄剣や甘利山伝説にまつわる写真や資料は、椹池湖畔にある白鳳荘に展示されています。

1980年代、この池が突如干上がり、池底の岩に突き刺さった一本の鉄剣が見つかり大騒ぎになった。

当時、テレビ局が取材で殺到して来た記憶があります。

束の部分は切れてなくなっていたが、長さ40センチ、幅8センチもある大きな鉄剣で、それにしても一体誰が何の目的で、池の底に突き刺したのだろうか。

鑑定で奈良時代のものと判明した。しかし剣が何を封じようとしたのかはいまだに謎である。

奈良時代ということは、山岳信仰と関係があるのだろうか。それとも池に棲むと信じられていた何かを封じ込める意味でもあったのだろうか。

この話と関係があるのかはわかりませんが、この池にはある伝説があります・・・

この池にはかつて、大蛇が住んでいたという伝説があります

椹池といえば、かつて老婆が化けた大蛇が住んでいて、近寄る者をことごとく池に引きずり込んだという伝説があるそう

昔々、韮崎市の下条に一人の老婆が住んでいました。ある朝鏡を覗くと、額に角の様な物が二本生えていました。驚き、悲しんだ老婆はその姿を見られまいと、手拭で頭を隠し家を出、“甘利山”に登り、“椹池”に身を投げて死んでしまいました。

するとその老婆は大蛇に化け、池の主となったといいます。

池の底深く住んでいた大蛇は、この場所に近づくもの、この池で漁をするものを次々と引き込んで、呑み込んでしまうので、人々は恐ろしい池として、誰一人近寄るものも無かった。

その大蛇を退治したと言われる伝説も

戦国時代、甘利の庄を領していた甘利氏。ある日、当主甘利昌忠の子が山に遊びに来て「さわら池」でフナ釣りをしていました。するとそのとき、とても大きな毒蛇が現れ、子供を池に引きずりこんで行方不明となってしまいました。

甘利氏は大いに怒って、領民に命じて汚物を池に投じ、
池の周りのさわらの木を切って、池に投げ入れました。大蛇は苦しんで、赤い牛となって飛び出しました。

この伝説から「さわらいけ」という名前がついたともいわれています。

池を飛び出し、甘利山の山頂の奥にある大笹池(おおささいけ)に身を隠した。けれども、この池も追われて、大蛇は大嵐(現白根町)の善応寺を通って、中巨摩郡八田村野牛島の能蔵池(のうぞういけ)に逃れ、以来その消息を絶ったという。

人間が池の主を徹底的に追い詰めるという伝説はめずらしい。

この一件の後、昌忠は子のために働いてくれた領民に対し、お礼として甘利山一帯を領民に与える事としました。近年までこの文書は残っていたと伝わります。このことが甘利の庄の領民の生活に大きな役割を果たしてきました。

雨乞い伝説も

他にも、雨乞いに関連した伝説もあるようで、民俗学者の柳田國男によって『山島民譚集』に引用されてもいるようです。興味深いですね。

能蔵池の主は赤牛で、旱天のときは雨乞いによって雨を降らせてくれるし、何でもかなえてくれた。また人寄りがあって膳椀を貸してほしいときは貸してくれた。ただ、ちゃんと返さない者があったり、汚物を洗ったりしたために、赤牛が怒って池を飛び出し、甘利山の椹池にいってそこの主になった。

甘利山のさわら池の伝説は、きっと甘利山が資源が豊富で大切な山だったことや、雨乞いの対象になるほどに神秘的な場所・・・、そんなことがあって、伝説が生まれたのではないでしょうか?

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