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【日本美術】かわいい猿の絵 (長谷川等伯、狩野派、森狙仙、河鍋暁斎…)

さる、サル、猿。長谷川等伯や狩野派の絵師たち、森狙仙、河鍋暁斎らが描いたかわいい猿の絵を紹介します。

更新日: 2017年11月25日

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牧谿猿(もっけいざる)

13世紀後半の中国に、牧谿(もっけい)という名の画僧が登場しました。墨を淡く滲ませ柔らかな光に包まれたような世界を表出する牧谿の水墨画は、中国以上に日本でたいへんな人気を博します。とくに、その作品に描かれたテナガザルの不思議で愛らしい姿は中世水墨画家の好むところとなり、しばしば画題に選ばれました。

明らかに本図は、大徳寺が蔵する中国鑑賞画中の至宝である牧谿筆「猿猴図」(国宝)の直接的な影響のもとに成った作品である。

阿弥派風なやわらかく深みのある竹林と、古木に遊ぶ三匹の親子猿を描いているが、明らかに中国の牧谿を学んで、自己のものとしたあとがうかがえ、日本的な情の世界と中国の厳しさとを合わせもつもの。

百猿図

渓谷のなかに手長猿を多数描くもので、長寿や縁の萬意をこめためでたい主題。

狩野栄信(伊川)(1775〜1828) 木挽町狩野第八代の幕府御用絵師。江戸後期の狩野派を代表する絵師であり、伊川、伊川院の通称で親しまれる。

猿猴捉月(えんこうそくげつ)

描かれているのは、柏の樹の幹に腰掛け、水に映る月をとろうとする手長猿。長く垂らした右腕の下には、くるくると水面の渦巻きが描かれています。

室町時代末期から桃山時代にかけて活躍した禅僧画家雪村周継(1504~89?)による一行書と、左右に同時代の画僧僊可(生歿年未詳)筆の猿の絵を配した三幅対の作品。この三幅が、成立当初から対であったかは不明。

僊可の詳しい伝歴は未詳。

封侯図

「蜂(ほう)」は「封(ほう)」に「猴(こう)」は「侯(こう)」に音が通じるため、「封侯(ほうこう)」つまり出世を意味する吉祥の画題である。

猿が蜂を捕らえようとする図は、蜂が封、猿猴の猴が侯に字音が相通ずることから 「封侯図」という画題でも知られる。

その表現は桃山時代に活躍した長谷川等伯や、さらに遡って中国南宋末の禅僧画家牧谿の猿図を思わせる。

猿描き狙仙

江戸時代の絵師たちの中でも、とりわけ猿の絵を得意とした人物がいます。その名は森狙仙(1747~1821)。狩野派の画法や円山応挙の写生画などを学び、精細な毛描きによる動物画を多く手掛けたことで、大坂画壇にその名を轟かせました。とくに高い評判を得た「狙仙の猿」は、山中で数年間野猿の生態を研究したという逸話さえ語られるほど緻密な完成度を誇ります。

親子の猿が毛繕いの真っ最中。さりげなく描かれた露草とともに穏やかな気分になる一幅となっています。

まるで本物のように丁寧に描かれた猿の毛並みの表現は目を見張るばかりです。

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