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100年前の和訳シンデレラ『おしん物語』がぶっ飛びすぎ!

その物語の主人公、“おしん” は突然現れた弁天様に絹の着物を与えられ、園遊会で若殿に出会います。呪術が解け、おしんが落とした扇を頼りに全国の娘たちの中からおしんを探す若殿。白波と菊の模様の扇が紡ぐ、1901年の珠玉の物語=『おしん物語』…それって、もしかして『シンデレラ』!?

更新日: 2016年09月18日

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童話・シンデレラが、100年前に『おしん物語』として和訳されてた

誰もが知る民間伝承『シンデレラ』。

今も多くの少女たちを虜にするこの物語が日本に伝わったのは、19世紀後半と言われています。

※画像はイメージです

「シンデレラ」はピロー童話集の中のひとつで、明治には日本へも伝わってきていた。
それを文豪・坪内逍遥が小学校の国語の教科書に日本バージョンにアレンジして、載せたのだが・・・タイトルが「おしん物語」。

シンデレラは1886年に『郵便報知新聞』が「新貞羅」として発表したのが日本への初めての伝来とされています。
のちの1901年、教科書に採用され広く知られるようになったその物語のタイトルは…『おしん物語』でした。

ここではシンデレラは名前を「おしん」とされ、登場人物や小道具なども日本風にアレンジされた。

原作のシンデレラに登場するあらゆるアイテムは、当時の日本人にも理解できるよう日本風に書き換えられていました。

「おしん物語」では、「ドレス」「ガラスの靴」「魔法使い」「王子様」「舞踏会」という洋風の言葉が出てきても、当時の日本人の読み手には「何のこと?」と思われてしまう。
だから、作者は、出てくる道具などは日本のものにしようと考えた。

ドレス・・・・・・・・・・・・・絹でできた着物
魔法使い・・・・・・・・・・・・弁天
忘れたガラスの靴・・・・・・・・扇
王子様・・・・・・・・・・・・・華族の若殿
舞踏会・・・・・・・・・・・・・園遊会
魔法が解ける時間、午前0時・・・午後6時(これは、和風関係ない)

弁天様にもらった着物を着たおしんが、華族の宮殿での園遊会で若殿と踊る物語『おしん物語』

※画像はイメージです

○シンデレラはガラスの靴を忘れたのに対して、おしん物語は扇を忘れていた。
○さらに夢を叶えてくれる魔法使いが、おしん物語では弁天。
○そしてシンデレラが魔法が夜の12時に切れるのに対して、おしん物語では夕方の6時に。

なぜ魔法の切れるタイミングが深夜から夕方に改められたのか、これは不明です。。

尚、シンデレラは継母とその2人の娘に苛められ、辛抱します。そんなことから、「お辛物語」と紹介されることも、あったようです。

「おしん」の由来はシンデレラのシンのほかに、“辛い” =お辛、の説もあるようです。

『おしん物語』の内容

『ここには、おしんという心がけの良い娘が、幸を得たことが書いてある。これは、外国の作りばなしを書きなおしたものである』

解説にはこのように書かれています。

「おしんという少女は,或町の商家のむすめで,十歳の時,実の母に死に別れた。運わるくも,後の母は,善くない人であった。」と始まるこの物語は,この義母と連れ子のもとで疎まれる生活をしいられていました。

おしん(=シンデレラ)は、継母や義姉のもとで、使用人のように扱われる日々を過ごしていました。

そうしているところに,ある華族のところから園遊会の案内があり,義母とその連れ子は着飾って出かけたのです。
残されたおしんが,しょんぼりとしていると,どこからともなく小さな弁天様が出てきて,「おしんや,お前,園遊会へ行きたくはないかえ」とおしんに声をかけます。

若殿が全国の娘たちを園遊会に案内します。
使用人のおしんは継母から園遊会への参加を許されず、落ち込んでしまいますが…そこに現れたのは弁天様でした。

原作の魔法使い(フェアリー・ゴッドマザー)は、なんと弁天様に。
「ビビディ・バビディ・ブー」の呪文は、どうなったのでしょうか…。

※画像はイメージです

この弁天様は,炭取りを馬車に変え,ねずみを馬に,猫を御者に変えてしまいます。
そして,おしんの着物もきれいな絹物に変えてしまい,「さーよいよい,すぐにこの馬車でお出かけ。しかしどの様に面白うとも,夕方の六時にはお帰りよ。きっと忘れまいぞ」といって送り出すのです。

弁天様によって美しい絹の着物を与えられたおしんは、「さぁよいよい、」と促され、若殿の園遊会へ。
皆様ご存知のストーリーが展開します。

「シンデレラ」のラストシーンは、王子様がシンデレラの忘れたガラスの靴を頼りに、町を歩き回りシンデレラを探し求める。
でも、「おしん物語」では、若殿がおしんが忘れた「扇」を頼りに、おしんを探す。探す方法は、女性一人一人に閉じた扇を見せ、「この扇の柄は何ですか」と尋ねた。

当時の日本ではまだ西洋風の靴が普及しておらず、かといって草履や下駄では庶民すぎる。
ということで、ガラスの靴の代わりは扇(おうぎ)となったようです。

ガラスの靴の代わりは、白波と菊の扇…

※画像はイメージです

おしんは、質問に対し「この扇の柄は、白波と菊の模様です」と答え、若殿と結ばれることになった。めでたしめでたし

お城からの使者が、扇を閉じたまま「図柄は何か?」と質問します。
中の図柄を知っているのはおしんのみ…というわけで、めでたくおしんは若殿と結ばれました。

『おしん物語』書いたのは文豪・坪内逍遥

つぼうち しょうよう
1859年6月22日 - 1935年2月28日
明治時代に活躍した日本の小説家、評論家、翻訳家、劇作家。
代表作に『小説神髄』『当世書生気質』およびシェイクスピア全集の翻訳など。

学校では、現在、国が定めた教科書を使っていますが、国定制に切り換わる直前のわずか3年間だけ世の中に出回っていた"幻の国語教科書"があります。その著者が、かの文豪・坪内逍遥。

この教科書の中に、『おしん物語』が収録されていたようです。

坪内雄藏さんの書いた『國語讀本 尋常小學校用』(以下、坪内本)の最も大きな特長は、文章が優れていることです。文学的で、文章自体に人を引きつけるものがあります。

坪内逍遥(本名・坪内雄藏)のこの「おしん物語」を含む教科書は、現在も学者らからその価値を高く評価されているようです。

ここには日本の神話、伝説、昔話だけでなく原典が西洋のイソップ物語、グリム童話、ギリシャ神話などが幅広く教材化されています。「ウサギトカメ」「ねずみのそーだん」などは、皆さんにもおなじみの物語ですね。

今も語り継がれる数々の名作を、日本に広めるために尽力したのも坪内逍遥でした。

「おしん物語」が掲載されている『国語読本高等科女子用明治34年(1901年)』は、国立教育政策研究所教育研究情報センター教育図書館が所蔵しています。

この坪内逍遥による「おしん物語」は残念ながら、今のところ、広く出版やデジタル化などはされていないようです。

みんなの感想

「おしん物語」 って、もしかして 「シンデレラ」 よりずっとエキゾティックで神秘的

西洋的な物語を日本風に置き換えるだけで、ずいぶんユニークなものに。
改めて日本文化を見直すきっかけになった、という声も。

まさかのおしんアレンジ。よくここから持ち直したと思う。

この「おしん物語」は定着しなかった模様ですが、もしそのまま定着していたら…
私たちがシンデレラに抱く夢も、ずいぶん違ったものになっていたことでしょう。

東京ディズニーランドのコレも、「おしん御殿」とかになってた可能性が…。

ちなみに、NHK連ドラ「おしん」とは関係ないもよう。

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