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アメリカ憲法と日本国憲法にあるジャスティス

そもそもジャスティスとはなんでしょうか?

ジャスティスの女神 テミス ユースティティア Lady Justice

justice一英語のjustice も同様である一は, 西欧においては裁判をも正義をも示す概念である。テミスの神は右手に剣をもって裁判による強制を示すが、左手には秤をもっていて公平と正義を示している。

わが国では…裁判は民事裁判において重要とされる公平や正義と必ずしも結びついて理解されていない。

テミスはローマ神話においてはユースティティア女神に対応するとされる。近代・現代において、秤を手に持ち、司法における法と正義の象徴として像に表現されるのは、テミスではなくローマ神話のユースティティアである。彼女は正義の女神として、欧米においては司法の象徴ともなっている。

アークエンジェル ミカエル ジャスティス

神の意思を遂行するミカエルの重要な任務の一つに、死者を冥界に導く役割があり、死者が天国に行けるか、地獄に落ちるか判決を下すのがミカエルとされています。宗教画の題材として好まれた「最後の審判」の中で、キリストの足元に立ち、死者の魂を量りにかけて天国行きか、地獄行きかを決めるミカエルの姿がしばしば描かれています。

絶対であるヤハウェイとエンジェルによる絶対の裁判

主の日 最後の審判 審判の日 裁きの日 ジャッジマンデイ ジャッジメントデイ

justice

justice とは何か?

英語のJustice とは何かということです。

日本語でいう正義=justice かということが問題なのです。日本語の正義という概念について、ここでは絶対的な正義という意味で用います。個人的に私が、絶対的正義論を信奉しているわけでは、もちろんありません。

再掲ですが、英米法におけるjustice概念を考えるとき、適正手続原則(due process principle)は非常に重要な位置を占めています。

Justice については、Black’s Law Dictionary によるとfairness , equity と説明されているわけで、公平、公正という意味になります。

具体的には、justice とは、適正手続によって証拠として採用されたものにより証明されたものが、法的正義とされるということです。法廷における真理の発見、正義の実現ということです。
ですから、個々での正義は、いわば、相対的正義というべきものであって、、絶対的正義論を少なくとも英米法の世界で用いることは無いのです。

justice には,唯一の容易に理解できる定義はありません。簡単に説明できないほど深く複雑な概念なのです

2010年のタウンゼ ントさんの著書「Introduction to Occupation: the Art and Science of Living 2nd ed」(Upper Saddle River)の第 13 章が occupational justice です(pp.329-358)。そこには justice の多様な見解についてのまとめがあり,

分配の justice
(偏りなく公平に分配されるか),

手続きのjustice
(当該関係者全ての意見が反映されるよう適正な手順で行われたか),

違いのjustice
(同等の分配や同等の機会を与えるのではなく,特定の個人や状況の多様性を基盤に丁度よさを考える)

などが紹介されています

justice, fair, conscienceなどの語である。これらの概念こそは、個人の自由にもとづく民主主義の最重要な前提なのに、日本ではそう意識せずに来てしまった。これらの語は、たしかに「正義」「公正」「良心」と訳されているが、それは生きた日本語ではない。「正義の戦い」という侵略戦争のあと正義はうさんくさい語になってしまった。「公正」はたいてい「公平」と混同されている

 日本人は…justice, fair などの語があらわす概念が、日常的に頭の中に生きている訳ではない。これに対しアメリカ人はそうではない…justice, fair はいつも人々の意識にある生きた語=概念である

 英語ではjustice もfairもほとんど同じ意味で、「誰でもが心の中で認める基準とルール に照して正しいこと」をいう。この善悪の基準は良心に基づくもので、グループや会杜が決めるものではないという考えが底にある。だからグループが決めたことが問違っていると思えば「違う」と強く主張し、反対する。それが良心である。「会社のために嘘の証言をする」というようことは、まずありえない

「殺人に正義はあるか(想像編)(実例編)」
「命に値段をつけることに正義はあるか」
「喜びを測定して出した結論は公平か」
「課税に正義はあるか」
「個人の権利をどこまで認めることが公平か」
「国ができる前の正義を考える」
「同意と契約によってつくられた公平さ」
「暗黙の同意によって生まれた義務と命と公平さ」
「同意があれば代理母と子は他人?ここに正義はあるか」
「行動ではなく動機に正義の源があるのか」
「哲学者カントの道徳性の最高原理」
「嘘と正義」
「契約は契約だ」
「架空の平等の状態から公平さを生み出す」
「現在の公平さは偶然性が生み出しているのか」
「差別することで逆に公平さは生み出されるか」
「最高のフルートは誰に分配されれば公平か」
「目的から考える正義について」
「公平さと名誉について」
「コミュニティの一員としての義務」
「複数のコミュニティの一員としての義務の衝突」

6 justice has been done/served used to say that someone has been treated fairly or has been given a punishment they deserve

7 judge

 罰を加える、審判する、というジャスティスは、やや独自の意味としてあるようだ。

「正義(ジャスティス)には、公正(フェアネス)と公平(インパーシャリティー)が含まれている。公正は取引する二人の当事者の正義、いわば町人の正義である。公平は二人に判決を出す第三者の正義、いわば役人の正義である。第三者が公平でないなら、第四者に判決を求めるだろう。第四者が公平でないなら、第五者に。こうして最後に絶対に公平な裁判官に出会うという保証はない。だから公正の正義が働かないと結局は公平の正義も働かなくなってしまう。町人の正義が機能しないと役人の正義も働かなくなる」(1991・8・19 毎日新聞 加藤尚武「『公正』の文化論」)

フランコジャーマン系の正義は、当事者の正義(公正の正義)よりも、第三者の正義(公平の正義)に重点が置かれ、どんな形であれ法に対しての準拠が求められるのである(すなわち、「法に事実をあてはめる」のである)。

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石部統久@mototchen 1963 岡山県笠岡市出身玉島育ち岡山市在住の男 糖尿病、鬱病で服薬 後縦靭帯骨化症
https://mobile.twitter.com/mototchen

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