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mototchenさん

ネパールのポーター達の効率的荷物運搬歩行の研究 jeb.biologists.org/content/219/22… 実験生物学ジャーナル。運動効率の高さを調査してる(比較的ゆっくり歩くのがポイントだけど、特別な歩き方はしてないらしい) pic.twitter.com/X6p791FNCP

ネパールのポーター歩行を研究しに行く前はケニアの水運び女性を研究して、体重の20%までならほとんど運動負荷の増加ないとか(こちら特別な歩行技術を使ってるようだ)。 pic.twitter.com/kSXp7GngAv

昔は女俵という40kgの俵もあった

坂本竜馬の姉はこれを2つ担いで歩いた

女の人が担げるように小さめに作った俵という意味だ

農家の母親で、女俵を6俵、背負い子に担いでぬかるみの山を越えて隣町に米を売りに行ったという人もいる

女性が沢山担いでる写真は立った状態に助っ人が乗せて撮影したって
20年位前存命中だった写真の女性にインタビューした記事見たよ
立ってるのがやっとで一歩も動けなかったって

農協の倉庫から国鉄貨車への積み込み風景
(昭和30年頃)
かつぎ方にこつがあるのか、60kgの米俵も軽そうに見える

写真は魚島の女性をとらえた一枚。魚島では頭上運搬することをカベルと言ったが、急な山に畑が開かれていたため、下肥を入れた肥桶も、収穫した作物もすべてカベッテ運んでいた。驚くことに、魚島の女性は、20貫(約75キロ)ぐらいはカベルことができたという

魚島村について瀬川は次のように記している。

(引用文)
 同(越智)郡魚島村は男漁女耕で船乗りはいない。土地が狭く、山が急で、その山がことごとく畑であるからどうしてもカベル必要がある。弓削島から嫁にきた者は、はじめよわったが、いつかはみなカベルようになった。女学校を出た娘でもやはりいつかカベル。そうせぬと他の女たちから非難されるからである。以前は12,3歳になるとカベラせ、大人は四斗俵ぐらいはカベル。氏神祭には娘仲間が水をカベッて山の神社にゆき、神輿を洗う。カベルには丸いワを頭にあげてカベル。女のワカナカに草をからすと、20貫は普通であるが、30貫カヅクのを常とした。

民俗学者、瀬川清子の『販女(ひさぎめ)』(三国書房、昭和18年)

解説はないが、京都の大原女と思われる。街道を行く娘たちは着物の裾をたくし上げ、手甲、脚絆をつけ、首に手拭いを巻き、頭に手拭いでほっかむりをしている。前掛けをしている女性もいる。頭上の荷物は風呂敷包みである。

その場合でも、普段の生活様式から相当に身体を練られる生活をしていたのと空手、サンシン、琉球舞踊などで身体が練られ纏まっていたので女性の実力者も多かったと考えられます。⇒ pic.twitter.com/FPEvDDmrEE

炭俵の重さは、ひとつ約15キロ
それを5つも背負う
この写真の女性は当時30歳前後
なんでも半年前に子どもを産んだばかり

広い道を4人の人物が背中一杯に薪を背負い、横に一列に並んでこちらへ向かって歩いて来る。右から2人目の人物は赤ん坊を抱いている。

薪を背負う (ベトナム・北部山岳地域の写真)
2007-07-29 01:15

朝鮮

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