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【あさが来た10選】新次郎とふゆが?朝ドラ「妾」問題にみんなモヤモヤ

視聴率絶好調のNHK朝ドラ『あさが来た』。主人公あさ(波留)も炭鉱経営を軌道に乗せて大活躍だが、ここに来て夫・新次郎(玉木宏)の妾問題が再浮上しそうな雲行き。九州出張で不在がちのあさ、子供を欲しがる新次郎、新次郎に想いを寄せているそぶりの女中ふゆ(清原果耶)の三角関係フラグに視聴者はモヤモヤ。

更新日: 2019年10月12日

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aku1215さん

■視聴率もあさも快進撃が続く『あさが来た』

「あさが来た」の週間平均は第1週20.3%、第2週20.2%、第3週21.4%、第4週22.3%、第5週22.8%、第6週23.1%、第7週24.0%とすこぶる好調10日には24.8%と自己最高の数字もマークしている。

NHK朝ドラ「あさが来た」では、主人公「広岡浅子」がいよいよ飯塚の潤野炭鉱で活躍するシーンが始まりました。

ドラマでは女優波瑠さん演じるあさが炭鉱の関係者と相撲を取ったり、懐に忍ばせたピストルを落として暴発させたりする場面もある。危険を顧みず、労働者と一緒に真っ黒になって働く。

■商い重視のあさ 子供ができず姑が妾を画策したことも

商いのことばかり考えるあさを見かねた姑のよの(風吹ジュン)は新次郎に妾(めかけ)を囲わせようと目論む。

あさがなかなか子宝に恵まれないことに対し、姑・よの(風吹ジュン)がぼやく場面があります。しびれを切らしたよのは新次郎に「妾」を持つことを薦めますが、あさの気持ちを察してか、新次郎はこれを断ります。

■一度は修復した夫婦関係 しかしそこにまさかのふゆの影

心配で様子を見に来た夫の新次郎(玉木宏)が現れる。新次郎はピストルよりも、大事なものがあると、あさに優しく話しかける。新次郎に身を寄せるあさ。

42話の後半、女中ふゆ(清原果耶)が、お茶を褒め、頭ぽんぽんしてくれた新次郎をまぶしそうな眼で見ている。平和主義の新次郎だが、うぶな少女に頭ぽんぽんするのも、ある意味、罪深いと思う。

■主人公のモデルである広岡浅子の夫に妾とその子供がいたのは史実

夫 - 広岡信五郎(1841年 - 1904年) - 第8代広岡久右衛門正饒の次男。早くに分家の嫡男として養子に出る。観世流の謡曲が趣味。妻によく従う夫として知られていた。浅子との間に一女、女中ムメ(小藤とも)との間に三女一男。

信五郎と浅子の間に生まれた子は亀子ただ一人でしたが、信五郎は側室(妾)である腰元・小藤(別名:むめ)との間にも一男三女をもうけています。小藤は浅子のお付きとして三井家からやってきた腰元。

■かつて日本では妾を持つことが許されていた

正妻以外に女性を所有する制度は奈良時代からありました。本来の目的は子孫の存続。とくに江戸時代、大名の家で男子が絶えると幕府が「家名断絶、領地召し上げ」処置をとったために、殿さまはタネ馬となって何人もの妾に子どもを生ませたものです。

江戸時代には妻の他に妾を囲うことは、上流武士社会や富裕な町人層では普通に行われていました。こうしたいわゆる蓄妾制は明治時代に入ってからも続き、明治3年に制定された「新律綱領」では妻と妾を同等の二親等とすると定められたのです。

明治13年(1880)、元老院で廃妾案が討議されたのですが、このときは成立せず。ただ、「妾は15歳以上と決めよう」なんて話題が盛んになりました。ということは、当時の金持ちや上流階級に、いまと同じでロリコンが多かったのかもしれません。

世論もあり、刑法では明治13年に、戸籍法では明治19年に妾は姿を消すことになります。そして、明治31年に民法によって一夫一婦制が確立することとなります。

これによって、それまで伝統的に側室を置いていた皇室でも一夫一婦主義をとるようになり、大正天皇以降は側室制度も廃止されました。こうして日本では一夫一婦制が当たり前となっていくのです。

■妾を登場させるべきだと主張する小林よしのり

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