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あまりに無惨な結末をたどった『鉄筋コンクリートの船』の歴史

第一次世界大戦中、造船に必要な鉄鋼の資源不足から世界各地でコンクリート製の船が造られ海に浮かべられました。重く、少しでも破損があるとすぐに沈没してしまうコンクリート船はいつしか “浮かぶ墓石” と呼ばれるようになり… 日本にもあったコンクリート船の物語。

更新日: 2016年09月24日

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海に浮かぶコンクリートの船が実在していた!

衝撃の「鉄筋コンクリート製の船」。
こんなものが海に浮かんでいたなんて…

第二次世界大戦中、物資不足のために作られた「コンクリート製の船」というものがあったらしい。

鉄でできた船が水に浮くのが、理屈では分かっていても感覚的に納得できないという人は多い。それではコンクリートでできた船は水に浮くか、ということになると、おそらくほとんどの人が首をかしげるだろう。

ところが、欧米では、第一次世界大戦中、鋼材の節約を目的にかなり大型のコンクリート船が建造され、日本でも、太平洋戦争中に同様の目的で貨物船3隻(800総トン2隻、265総トン1隻)が建造され、実際に使用された。

コンクリートシップの歴史

出典zp.pl

不気味な重厚感を見せるコンクリート船。

コンクリート製の船体を持つ船は1855年フランスのジョセフ・ルイス・ランボールJoseph-Louis Lambotが建造した物が一番古い。

コンクリートを船舶の材料に適用しようとする試みはかなり古く、1855年に長さ9ftの櫓櫂船が造られたのが最初とされています。

深刻な鉄鋼不足に陥った第一次世界大戦中、コンクリートは安価で簡単に入手できる材料でした。

大戦が勃発し世界的に資材不足に陥ると、安価なコンクリートで船を造る試みが推し進められました。

第一次世界大戦勃発により、参戦各国は船腹の不足と造船用鋼材の欠乏に苦しみ、 木造船建造計画を立てる一方、 コンクリート船の建造を推し進めました。

しかし、ほとんどのコンクリート船は第一次世界大戦には間に合わず、終戦後民間に払い下げられたようです。

1920年前後には大西洋横断可能な航洋性がある大型船が出現した。

米国で1818年進水の当時最大のコンクリート船「S.S. Faith」は1919年にはコンクリート船として初めて大西洋を横断に成功。

鋼材の節約という面以外でも、コンクリート船にはいくつかのメリットがあった。建造期間が短く建造費も安く済んだこと、修理が簡単なこと、断熱性が高いこと、振動が少ないことなどだ。

「S.S. Faith」大西洋横断の成果を受け、米国では42隻のコンクリート船建造の計画がつくられました(休戦のため、竣工に至ったのはうち12隻)。
第一次大戦中にはこの他にも仏、独などで多数のコンクリート船が建造されたようです。

“浮かぶ墓石” と揶揄されたコンクリート船

しかし、コンクリート船は通常の船舶とは異なり、耐水性・水密性に優れる反面、大量の型枠用木材が必要になるなど、費用が鋼船の二倍かかる上に、コンクリートの性質上冬季でも温暖な地域でしか作れない欠点があった。

コンクリート船は鋼材船の代用品でしかなく、とても実用的であるとは言えないシロモノだったようです。

建造には軽量のポーランドセメントが使用されたが、それでもコンクリートで鋼板と同じ強度を得るためには3倍の厚み(15cm)を必要としたため船体は非常に重くなり、また、配管工事や艤装の難しいものとなってしまった。

最大の欠点は重いことで、当然速力も出ず、燃費も悪く、その後建造されることはほとんどなくなった。

実際、多くのコンクリート船が造船からわずか数年で破損などにより引退しています。

少しでも破損するとその自重によってすぐに沈没することから、当時に船員には「浮いている墓石」などと揶揄されていたそうです。

さすがに鉄筋コンクリートの船に乗りたい人は、少なかったでしょうね…。。

日本にもあったコンクリート船

その「コンクリート製の船」が広島県にいくつか現存しているという。

場所は広島県呉市の安浦港。

太平洋戦争末期に建造された鉄筋コンクリート製貨物船「武智丸」は、普通の鋼船と同じくエンジンを積み、軍需物質の輸送を行っていました。

第二次世界大戦中の鋼材不足を補うため、海軍がコンクリートで輸送船を作ることを計画。大阪の土木会社が、兵庫県高砂市の塩田跡地で四隻建造し、そのうち三隻が就航。

瀬戸内海を始め、南方にも航海していたようです。

戦後、安浦漁港には防波堤がなく台風のたびに、漁船が被害を受け困っていました。そこで当時の漁港関係者が県に陳情し、安浦漁港の防波堤として設置されました。
今もなお、2隻のコンクリート船は、防波堤としての役割を担っています。

実際に就航した三隻のうち、二隻は今も広島県の安浦漁港で防波堤として設置されています。

防波堤となった「武智丸」
総排水量2,300t
全長64m
船の役割はとっくに終えていますが、安浦港の “水の守り神” として今も現役です。

コンクリート船なんてものも珍しいし、船が防波堤になっていることも多くないので意識してみないと気付くこともありませんが、こうやってあらためてよく見てみると、その形は船そのものとわかるのではないかと思います。

武智丸の内部は廃墟のようになっている。

長年、防波堤としてここを守ってきたのでほとんど廃墟化しています。

今は無惨な姿を晒す、世界のコンクリート船

アメリカ合衆国・ジョージア州ブランスウィックのリバティ造船所で1918年12月5日に進水。
ヨーロッパからの兵員引き揚げに使用された後、1920年に退役、1926年に運河のフェリー用に売却されるが、嵐によって流されサンセットビーチで座礁、何度か回収が試みられるも、すべて失敗し現在も放置されているようです。

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