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クマのプーさんのモデルとなった実在した熊「ウィニー」

くまのプーさんのモデルとなった実在していた熊がいた。その名も「ウィニー」。他のキャラクターも実は現在も残っている人形がモデルとなっている。ウィニーの画像と共にまとめてみました。

更新日: 2015年11月25日

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rainshineさん

クマのプーさん

1926年に発表されたA・A・ミルンの児童小説である。擬人化されたクマのぬいぐるみである「プー」と、森の仲間たちとの日常を10のエピソードによって描いている。

プーさんは100エーカーの森に住んでいる、くまのぬいぐるみ。食いしんぼうでいつもお腹なかがグーグー鳴っています。

大好きなはちみつを手に入いれるため旅に出でたり、ランピーやモモンガを探しに行いったり、いつも楽しい冒険をしています。

プーさんのモデルとなった実在した熊

作者のリンジー・マティックは、第一次大戦中にウィニーをカナダからイギリスに連れてきた陸軍獣医、ハリー・コールボーン中尉のひ孫だ。コールボーン中尉は、猟師に捕えられたクロクマを20ドルで購入し、共にイギリスへと旅した。

猟師に母グマを殺されたウィニーがコルバーンに20ドルで買い取られると、たちまち部隊のマスコット的存在となった。そして第一次世界大戦で戦うためコルバーンがイギリス行きの船に乗るときも、こっそりと連れてこられている。

同獣医師は出身地であるウィニペグにちなみ、コグマを「ウィニー」と名付けイギリスまで連れて行ったという。

そしてぬいぐるみにも「ウィニー」と名づけられプーさん誕生のきっかけとなる

その後1919年に、ウィニーはロンドン動物園に寄贈された。それを見たミルンの息子、クリストファー・ロビンが自分のぬいぐるみのクマを「ウィニー」と名付けたのが「Winnie-the Pooh」のきっかけとなったのだ。

クリストファー・ロビンはウィニーに夢中になり、自分が持っていたクマのぬいぐるみをウィニーと呼ぶようにまでなったのである。そして、その様子を見ていたA・A・ミルンは、クリストファー・ロビンのために1926年児童小説「くまのプーさん」を出版したのだ。

A.A.ミルンの息子クリストファー・ロビンは動物園を訪れるのが好きでした。ウィニーにスプーンでハチミツを食べさせ、彼女と一緒に囲いの中で写真を撮りました。

彼はA・A・ミルンに連れられてよく動物園に遊びにきており、ここでのお気に入りがウィニーだったのだ。2人が一緒に並んで立つ、当時の写真が今でも残されている。

実在した「プーさん」も子供達に大人気だった

来訪者のためのアトラクションやその人懐っこさで良く知られ、1920年代にはロンドン動物園でちょっとした有名人になっていました。

ウィニーが1934年5月12日にこの世を去るまで可愛く優しい性格は子供たちの人気者となっていました。ロンドン動物園には現在もウィニーのブロンズ彫刻像が飾られています。

プーさん以外のキャラクターも、クリストファーが所有していたぬいぐるみがモデルとなっている。

後に「プー」となるこのファーネル社製のテディ・ベアは、1921年、クリストファーが1歳のときに誕生日プレゼントとしてハロッズで購入されたものであった。

作中のキャラクターのもとになったぬいぐるみたち。カンガ、プー、イーヨー、ティガー、ピグレット。

プーさん以外のキャラクターも、クリストファーが所有していたぬいぐるみがモデルとなっている。これらのぬいぐるみは、ニューヨーク公共図書館の2階に展示されている。また、クリストファー自身も、登場キャラクターであるクリストファー・ロビンのモデルとなっている。

ルーのぬいぐるみは、クリストファーが紛失したため展示されていない。

そして今、英の博物館でウィニーの頭蓋骨が初めて展示された

世界中で読み継がれる児童文学で、ディズニーアニメでも人気の「くまのプーさん」のモデルになったクマの頭蓋骨が、ロンドンの英王立外科医師会の博物館で初めて展示されている。

本物のプーさんは虫歯だった

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