寛政元年(1789年)代々そば打ち上手としてしられた信州の反物商・布屋太兵衛は領主・保科兵部少輔の助言によりそば屋に転向し、港区麻布の地に「信州更科蕎麦処」として看板を揚げました。
江戸城や大名家に出入を許され、そば好きの江戸っ子にも親しまれ、通称「更科」と呼ばれる様になりました。

出典木鉢会|加盟店一覧|総本家 更科堀井

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