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【競馬・騎手・ギャンブル】世界各国の有名ジョッキー(騎手)たち。

競馬のジョッキーは武豊だけじゃない!藤田菜七子だけじゃない!世界には多くのレジェンドジョッキー達が存在している(していた)。

更新日: 2019年11月23日

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Quoll-x-llvさん

世界各国で「競馬」は行われている!

世界の競馬を統轄する組織に国際競馬統括機関連盟(IFHA)があり、59ヵ国が加盟している。その中でも、イギリス、フランス、イタリア、アイルランド、ドイツといったヨーロッパ諸国やアメリカ、オーストラリア、UAE、香港、そして我らが日本あたりが競馬が盛んな国と言える。

イギリス

イギリス

19世紀のイギリスを代表する騎手。決断力があり、力強い騎乗ぶりで人気を博し、8084回騎乗して2748勝を挙げた。クラシック競走通算21勝、1874年から13年連続のリーディングジョッキー(最多勝利騎手)獲得など群を抜く成績を挙げた。しかし、1886年に29歳という年齢で拳銃自殺を遂げた。

イギリス

イギリスの元騎手。バークシャー出身。エプソムダービー9勝の記録は2012年時点でも破られていない。イギリスの平地チャンピオンジョッキー11回(6年連続を含む)、通算5300勝(イギリス国内のみでは4493勝)、イギリスクラシック30勝の成績と併せて20世紀を代表する騎手の一人と評価されている。

イギリス

イギリスを拠点とする騎手。2010年6月5日、ダービーステークス(英ダービー)をワークフォースで征し、ダービージョッキーとなった。同年10月3日には同馬とのコンビで凱旋門賞も征した。日本のレースでは、朝日杯フューチュリティステークス、エリザベス女王杯、ジャパンカップ、マイルチャンピオンシップなどを征している。

イタリア

イタリア

イタリア・ミラノ生まれの騎手。現役の騎手の中で世界トップクラスの騎乗技術を持つともいわれる。社台グループ総帥の吉田照哉曰く「デットーリが騎乗すると、他の騎手より5馬身違う」とも(2002年のジャパンカップにおける「スーパー競馬」出演時のコメント)。

イタリア

イタリア生まれの日本中央競馬会 (JRA) 所属の騎手。2015年3月1日よりJRA所属騎手として騎乗している。1994年に騎手免許を取得し、1995年にイタリアの見習騎手リーディングに輝く。1997年から2000年までは4年連続でイタリアのリーディングジョッキーとなる。

フランス

フランス

フランス(マイエンヌ県シャトー=ゴンティエ)出身の世界を代表する騎手の一人。2012年には凱旋門賞でソレミアに騎乗して日本のオルフェーヴルをクビ差で破り、史上最多勝タイ記録となる同競走4勝目を挙げた。

フランス

2015年、JRAの騎手免許試験を初めて受験し合格。同時に合格したミルコ・デムーロと共に、外国人として初めてJRAの通年免許を取得した。2006年のドバイシーマクラシックでは、ハーツクライで優勝するなど日本のファンに馴染みは深い。ただ意外なことにフランス競馬で1度もリーディングをとったことがない。最高は5位。

ドイツ

ドイツ

ドイツを拠点とする騎手。ドイツリーディングジョッキー(1998年、1999年、2000年、2001年、2003年)。2011年10月2日、デインドリームに騎乗して凱旋門賞を勝利。自身のみならず、ドイツ人騎手として凱旋門賞初勝利を果たした。しかし酒気帯び騎乗で停止処分されたり薬物使用で停止処分されたりと色々問題を抱える。

ベルギー

ベルギー

2012年の凱旋門賞で主戦ジョッキーであった池添謙一に代わってオルフェーヴルに騎乗したことで日本でも多くの競馬ファンに知られている(結果は2着)。1997年にデビューするが、3年目に最多勝見習い騎手になり、4年目には1日5勝のフランス競馬タイ記録を達成するという紛れもない天才。それ以降は、年間200勝、最多勝利騎手(リーディングジョッキー)を3回取るなど、輝かしい実績を残していく。しかし、性格や騎乗態度に疑問符が付くところが多く、各国で降着や失格になったり、トラブルを起こしてその国に二度と来なくなったりもしている。

アイルランド

アイルランド

アイルランドの元騎手。20年以上に渡りアイルランド、イギリス、フランスのクラシック競走で活躍し、2000ギニーは3度、エプソムダービーを3回、そしてアメリカ合衆国でもベルモントステークスに勝った世界を代表する名騎手のひとりである。1988年から2004年の間に12回アイルランドリーディングジョッキーになっている。

アイルランド

アイルランド出身の元騎手。1967年にデビューし、イギリスの平地競馬でサー・ゴードン・リチャーズ (Sir Gordon Richards) に次ぐ 4,632 の勝鞍を挙げた。エプソムダービーの勝馬3頭に騎乗し、レスター・ピゴット (Lester Piggott) と並ぶ記録の11度チャンピオンジョッキーとなった。

アイルランド

2012年にイギリスのアンドリュー・ボールディング(Andrew Balding)厩舎の見習い騎手となり、翌2013年5月に初騎乗。1年目から41勝を挙げる活躍を見せる。その後、若くして世界を渡り歩いており、日本でも早速の好成績をおさめた。若き天才ジョッキーとして、世界中の競馬関係者に注目されている騎手の1人である。

アメリカ

アメリカ

1861年4月16日生まれ。没年1896年2月12日。アメリカ合衆国の黒人騎手。1412レースに騎乗し、628の勝ち星を挙げたが、この44%という勝率に並んだ騎手は現在に到るまで出ていない。

アメリカ

アメリカ合衆国の騎手。中学、高校ではレスリング、ボクシングの選手として活躍。17歳となった1949年3月19日に騎手としてデビュー。翌20日にシャフタービーという牝馬で初勝利を挙げると、引退までに世界記録となる通算8,833勝の金字塔を打ち立てることになった。

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