1. まとめトップ

この記事は私がまとめました

romonさん

穢多・非人(えた・ひにん)

士・農工商の4身分の下に、穢多・非人を主要部分とする賤民(せんみん)身分。

賤民(せんみん)…通常の民衆よりも下位に置かれた身分またはその者を指す。

「上から順に士農工商穢多非人」などと理解されてきたが、これを幕府が政治的につくりあげたとする根拠はないとする説がある。日本史学者の田中圭一氏は、「本来、士・農・工・商は職分であり、そのような職分を身分制度として説明すること自体がばかげているのであるが、書物はいまもそれを変えることをしない」と述べている。

出典:穢多ーwikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%A2%E5%A4%9A#.E9.9A.8E.E7.B5.B1.E7.A7.A9.E5.BA.8F.E3.81.B8.E7.B5.84.E3.81.BF.E8.BE.BC.E3.82.93.E3.81.A0.E8.A7.A3.E9.87.88

名称の由来

語源はたかの餌取 (えとり) という説があるが,つまびらかでない。南北朝時代頃から卑賤の意味をもつ穢多の字があてられるようになった。

餌取(えとり) …エサ用の肉を採取して上納したり、皮革、肉を商ったりした人々。
卑賤(ひせん)…地位・身分が低いこと。

『続日本後紀』の842年(承和9)の条に橘逸勢が謀反の咎で本姓を除かれて非人(ひにん)姓にされたとあります。また後に農地から逃散し人別帖(戸籍のようなもの)から除かれた人も非人とよばれます。
いわば本来の身分制度から離脱した人を非人と呼んだようです。

職業

斃牛馬の処理と獣皮の加工やまた革製品の製造販売などの皮革関係の仕事、下級官僚的な仕事、祭礼などでの「清め」役や各種芸能ものの支配、竹細工の製造販売など、多様な職業を家業として独占していた。

街角の清掃、「門付(かどづけ)」などの「清め」にかかわる芸能、長吏の下役として警備や刑死者の埋葬、病気になった入牢者や少年囚人の世話などに従事した。

差別

非人身分とそれ以外では火の貸し借りができない、非人は下駄を履いてはならないなど、社会的な差別も多々あった。

穢多は居住地が地図に表示されないなどの差別を受けたとされているが、豊かな穢多村(枝村)では田畑を農民(農奴)同様に耕し年貢も納めている例があるなど一概には語れない。

現在は

明治時代になって身分解放令により廃止された。

現在もなお,社会的偏見や不当な差別がのこっており,その解消にむけての努力,運動が行われている。

1