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馬の歴史(更新世以降)

現生の馬(Equus Caballus)が生まれたのは500-300万年前頃の北米大陸とされています。そこから南アメリカ大陸を始め、当時地続きだったユーラシア大陸やアフリカ大陸へも生息範囲を広げました。
その後一時、生物種としては繁栄したものの、馬と同時期に進化誕生した人類により狩猟対象とされ、野生馬は絶滅寸前にまで数を減らすことになりました。

ターパンはすでに絶滅したウマ科の動物です。種が最も繁栄した時代にはイベリア半島から中央アジアに至る広い範囲に生息していたと考えられています。

有史以前には食料として人類の狩猟対象でした。その後、家畜化の試みが始まり、家畜馬のルーツとなったと推測されています。

また、ターパンの分類には草原型(Equus ferus ferus)と森林型(Equus ferus silvestris)の二種があったと主張する専門家もいますが、遺伝子解析などの確実な科学的調査を行うには絶滅の時期が古く、議論は保留とされています。

人間に管理されない状態の馬には、一頭の雄と数頭の雌からなるハーレムと呼ばれる群を形成する性質があります。

ターパンもその性質を持っていたため、繁殖期には雄のターパンが飼育下の家畜馬を襲って種牡馬を傷つけ、雌馬を自分のハーレムのメンバーとして連れ去る行動を繰り返しました。そのため馬生産農家はターパンを害獣とみなし、積極的な駆除が行われました。

またハーレムに家畜馬が加わる事で交雑し、純粋なターパンが減ったことも絶滅の一因となりました。

モウコノウマは人間による品種改良の手が加わらなかった、そうした厳密な意味で現存する唯一の「野生馬」です。野生下では一旦絶滅しました。しかし各地の動物園に飼育された個体が残っていたため、それらを繁殖させて数を増やして放ち、再び人間の管理下を離れての営巣ができるようになりました。

モウコノウマはプルジェワリスキーウマと呼ばれることもあります。この名はこの動物についての報告をヨーロッパにもたらしたロシアの探検家ニコライ・プルジェワリスキーに因んだものです。

モウコノウマは「野生馬」と呼ばれますが生物学レベルで、Equus Caballusいわゆる家畜馬とは別種の生物です。特に染色体については、本数が家畜馬が32対64本であるのに対し、モウコノウマでは33対66本と大きな違いとなっています。しかし家畜馬との間に完全な繁殖能力を持つ交雑種を産むことができるため、馬とモウコノウマとの分化は割合と浅い過去の出来事であると結論付けられています。

チェルノブイリでのモウコノウマ

意外なことかもしれませんが、原発事故のため立ち入り禁止区域が設定されているチェルノブイリ周辺には、現在50頭前後のモウコノウマが生息しています。これは放牧されたものがここへと自然に移動したわけではなく、人間により連れてこられたからです。

放牧の理由としては、別の放牧区域が手狭になったこと、山火事の原因となりうる樹木の繁茂を防ぐ能力への期待などが挙げられます。

放射能汚染区域に絶滅危惧種を連れてくることに対しては当然議論は巻き起こりましたが、最終的には1998年にこの区域へと放たれることになりました。

グルロ(grullo)は馬の毛色の一種で、スペインで鶴(クロヅル)を示す単語grulla(グルジャ、グルリャと発音します)に由来しています。

ダン(dun日本語では暫定的に薄墨色と訳されます)の系統に属する色で、灰褐色の胴に、靴下のような濃色の四肢、濃色の顔面を特徴とします。また鰻線(背筋に沿って現れる暗色の線)や、シマウマのような縞が肩や四肢に現れることもあります。

ターパンやモウコノウマ、いわゆる野生馬では標準の毛色であるため、品種改良以前の馬の元々の毛色だと考えられています。

また飼育下にある家畜の馬にも時折現れることから、馬が単一の先祖から品種改良されたことの証明とされています。

背筋の黒い線が鰻線、その名の通り黒くて細長く、鰻を思わせる形状をしています。
英語ではdorsal band (背中の帯)と表現されます。

元々は家畜だった馬が人間の元から逃げ出し、野生下で繁殖して数を増やした再野生馬です。
管理のなされない繁殖の際にターパンと色濃く交雑したと考えられ、「ターパンを復元する」としたプロジェクトでは交配親として利用されました。

コニックの名は、生息地であるポーランドの言葉で「小型馬」あるいは「ポニー」を表す語ですが、現在ではこの種を特別に示す語になりました。その名の通り、体高130-140cmと小柄です。体格が頑強なため、野生馬ではありましたが捕獲され農業や牽引作業に使役されることもありました。

オランダの自然保護地区オーストファールテルスプラッセンには、現在1000頭ほどのコニック種が生息しています。

この地区は1968年に工業用地として干拓造成された場所ですが、財政上の理由から長らく開発を放棄されていました。その空白の期間に、この土地は渡り鳥の営巣地となり、自然豊かな「再野生地」として本来の目的とは異なった価値を持つに至りました。

コニック種は再野生化プロセスの一段階として実験的に同地へと放牧された大型草食動物の一種です。コニックの他にも、アカジカや、ヘック・キャトル(家畜牛の祖先オーロックスaurochsを「復元する」として作られた牛種)などがこの土地へ放牧されています。

ヘック・ホースは野生馬ターパンを「復元させる」プロジェクトの成果として誕生した馬種です。種を完成させるため、プロジェクトではヨーロッパ各地で再野生化したコニック、アイスランド・ポニー、ゴトランド・ポニーなどの小型馬種にモウコノウマが掛け合わされました。

ヘック兄弟(Heck Brothers)

ヘック兄弟(兄ルッツLuts、弟ハインツHeintz)はナチス政権下のドイツで動物学者として活躍していた人物です。二人は過去に絶滅した生物を復元するプロジェクトの中心人物を務め、その成果として家畜馬の原種ターパンの復元種ヘック・ホース、家畜牛の原種オーロックスの復元種ヘック・キャトルの二つを生み出しました。

しかし「復元」といっても科学的に厳密な意味での復元はありえず、単に残された資料に特徴の似た近似種を作り出しただけだと結論づける専門家もいます。

ゴトランド・ポニーはスウェーデン・ゴトランド(あるいはゴットランド)島に生息する体高110-130cmほどの小型の馬種です。
氷河期にこの島に渡った野生馬が氷河が溶けた後にこの島へと隔離されたため、独自の遺伝子プールを保ち古代馬の特徴を強く残した種だと考えられています。
またゴトランド・ラスとも呼ばれますが「ラス(Russ)」は古ゲルマン系言語で馬を意味する「hros」が変化した単語です。

マスタングは北アメリカ大陸の完走した平原地帯に生息する再野生馬です。大航海時代の15世紀頃、同地に到達したスペイン人探検家が持ち込んだ使役馬が脱走し、野生化したものです。

ルーツはアンダルシアンやイベリア半島の馬種で、その性質を引き継いだため持久力に富んでいます。また荒野へと適応したためか、足関節が丈夫な傾向があります。

ブランビーはオーストラリアに生息する再野生馬です。他地域の再野生馬と同様、入植者の持ち込んだ家畜馬が逃げ出し、野生環境に適応したものです。

種のベースとなった馬種はクライズデール種を始めとする牽引馬、使役用の各種ポニー、現地の娯楽に行われた競馬に供するためのサラブレッドなどです。

気温が高く乾燥した過酷な環境に適応したため、非常に強壮で、また粗食にも耐えます。その利点から、ブランビーを捕獲し再び家畜化された馬がオーストラリアン・ストック・ホース(「オーストラリアの家畜馬」の意味)として知られる馬種になりました。

ブランビー(Brumby)の名の由来には諸説ありますが、初期入植者ジェイムズ・ブランビー氏の名にちなむ説が有力です。

その他の説としてアボリジニの言葉baroomby(野生)説、Balonne River(バロン川)周辺に棲む馬説、Barambah(クイーンズランド州に存在する地名)説、bromach(ブロマッハ。アイリッシュ・ゲールで雄の仔馬の意味)説などがあります。

『害獣』としてのブランビー

オーストラリア大陸の環境に適応し、個体数を増したブランビーですが、現在この生物は害獣であるとして駆除計画の対象となっています。衛生的な管理の行き届かない環境に生息するため、多くのブランビーが病気、寄生虫などの問題を抱えており、それらが現地で放牧される羊や牛などの家畜へと感染する危険があるとされているからです。

また、特種な生態系を持つオーストラリアにおいては、いかなる外来種も環境のバランスに影響を及ぼす侵略的外来種とみなされ、積極的に根絶するべきだとする強硬な意見もあります。

もちろん、動物愛護的な見地から駆除計画への反対は根強く、駆除と保護、双方の妥協点を見いだすのは非常な困難なこととなっています。

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muzin_muzinさん