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baimal1400さん

おじろく・おばさ

おじろくが男性
おばさが女女性

過去に日本の一部の村落には、おじろくとおばさという制度があった。

長男以外は、結婚もさせてもらえず、世間との交流さえ許されない。
産まれて死ぬまで、家のため、奴隷のように扱われる。

日本の地形は山が7割を占めており、現在のように情報も交通も不便な時代には
集落ごとに独特の文化・風習がうまれ、現在では考えられない悲惨な出来事や行事が
行われていた。

その中の一つが(おじろく・おばさ)である。

世間との交流が許されていない

生涯戸主のために無報酬で働く

童貞、処女で生涯を終える

戸籍には「厄介」とだけ表記

怒ることも笑うこともなく、無愛想

彼らは、物心つくまでは長男と同じに育てられるけれど、次第に弟や妹は兄に従うものだ、という教育を受け、将来は兄のために働くのだ、と教えこまれるようになるのだそうだ。
たとえば、長男は休まずに学校へ行けたが、弟妹はことあるごとに学校を休んで家の仕事を手伝わされる。

成長するに従ってだんだんと兄と違う取り扱いを受けるようになるのだけれど、それは割合素直に受け入れられ、ひどい仕打ちだと恨まれるようなこともなかったとか。
親たちも、長男以外はおじろくとして育てるのが当然だと考えていたので、別にかわいそうに思うこともなかったらしい。

掟に反抗して村を出る者がいなかったかというと、おじろくが村を出ることは非常に悪いことで家の掟にそむくことだ、という考えがあったため、村を出ようと思う者はほとんどなく、まれに出る者があっても人付き合いがうまくできず、すぐに戻ってきたのだそうだ。

いわゆるマインドコントロールってやつでしょう。
この風習ができた時代は江戸時代で「分地制限令」のおかげで嫡子単独相続が定着された
(簡単にいうと、田畑の相続を制限した為に長男以外に相続出来なくなった。)

多くの場合、長男以外は都心へ仕事に出たが、長男の病死・事故死など相続者が
死んだ場合の為に次男が存在していた。

また7歳までは「神の子」と信じられ、いつでも神にお返しする(つまり殺す)ことができると
考えられていた。

※ちなみにコケシはよく「子消し」
口減らしした子供の供養として作られたという
都市伝説がありますが、デマのようです。

こけしの語源を「子消し」や「子化身」など堕胎や口減らしに由来するものとの俗説を言う人もいる。これは1960年代に詩人・松永伍一が創作童話の作中で初めて唱えたものとされている。しかし、松永以前の文献にはこの説を裏付けるような記述が見られない上、松永自身も工芸や民俗学などの専門知識を持っていなかった、自説の由来について説得力の有る説明が出来なかったなどとされ、その俗説が生まれた経緯については出典を含めて疑問が持たれている。

『夜這い』文化

村ぐるみで行われていた公然の風習。

ある村では昔は15歳になると大人の男性として扱われていたため、性教育の一環されていた。
相手は自分で選ぶことができず、後家(未亡人)だったり近所の婦などまちまちだった。

また別の風習として恋愛の形でもありました。
主権は女性にあり夜這いにきた男性を気に入らなければ断ってよい。
父親も公認で娘が年頃になると鍵を開けておいた

当時は性について大らかな考えだったようです。

即身仏

即身成仏(そくしんじょうぶつ)は、仏教で人間がこの肉身のままで究極の悟りを開き、仏になることである。

全国に現存する即身仏17体のうち、実に10体が湯殿山系の即身仏と

  いわれています。他の7体についてはお互いに体系的な関連性などは

  不確かで、具体的にどのような思想的背景があり、どういった修行を経て

  即身仏となったかについては不明な点も少なくないため、ここでは湯殿山系

  即身仏における即身仏となるまでの道筋を以下に書き記すこととした。


        湯殿山の仙人沢で山籠りを行う
                ↓
     千日行という千日単位の厳しい修行を行う
                ↓
       五穀断ち、十穀断ちの木食行を行う
                ↓
        生きながらにして土中入定する
                ↓
   土の中で鉦を打ち鳴らし読経しながら即身成仏する
                ↓
         三年三ヶ月後に掘り出される
                ↓
   衣を着せられ厨子に安置され、即身仏として祀られる

人柱

昔、現在の愛知県春日井市松河戸町にあたる地域では、毎年のように庄内川が氾濫していた。明応3年(1494年)、村人がそのことで氏神の境内で話していると、陰陽師が通りかかったので相談した。
陰陽師は「水神様に15歳の娘を捧げれば、水神様の怒りはおさまる」と告げ、15歳の娘をもつ親たちがくじ引きを行った。
その結果、庄屋矢野家の娘が人柱に決定し、親子は泣く泣く受け入れる。
6月29日、悲嘆のうちに白木の箱に入れられた娘は、頻繁に堤防が決壊する場所に埋められた。娘はそれから1週間棺の中で生き、一緒に入れた鐘を叩く音が地中から聞こえたという。
それから水害がなくなり、村は平和となった。当時、埋められた場所に雑木林があったため、そこが「十五の森」と呼ばれるようになった。

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