1. まとめトップ

京成電鉄の歴代車両一覧【画像集】

関東の私鉄の一つでもある京成電鉄の歴代車両一覧です。参考程度にどうぞ。

更新日: 2016年10月07日

8 お気に入り 92914 view
お気に入り追加

この記事は私がまとめました

京成電鉄

有料特急専用車両からご覧ください。

京成電鉄の京成上野駅 - 成田空港駅間を成田空港線経由で運行する座席指定有料列車の列車愛称、かつ登録商標で、同社内における最速達の列車種別。

有料の空港アクセス列車として、一般列車の特急より上格の列車である「スカイライナー」を1973年12月30日から運行している(成田空港乗り入れは同空港が開港した翌日の1978年5月21日から)。その後同列車は1985年10月19日から朝夕はそれぞれ「モーニングライナー」「イブニングライナー」と名称と料金体系を変え、JRでのホームライナーに相当する通勤輸送も行っている。

京成AE形電車 (2代)

京成AE形電車は、2010年に営業運転を開始した京成電鉄の特急形車両。2010年7月17日に営業運行を開始した。成田空港線経由の「スカイライナー」を中心に、ラッシュ時には本線経由の「モーニングライナー」・「イブニングライナー」でも運用される。
8両編成を基本編成とする。全車が普通車である。将来的には、10両編成とすることも計画されている。

京成AE100形電車

2代目の「スカイライナー」用車両として、1990年6月19日に営業運転を開始した。営業運転開始当時は「ニュースカイライナー」とも呼ばれていた。
2010年7月17日の成田スカイアクセス開業およびAE形 (2代)の登場に伴ってそれらの運用から退き、スカイアクセス開業前の「スカイライナー」のルートを経由する「シティライナー」として運用されている。2014年11月8日のダイヤ改正により定期運用が土休日ダイヤのみとなった。

京成AE形電車 (初代)

京成AE形電車は、京成電鉄に在籍していた特急形電車。1972年3月から1978年11月の間に6両編成7本計42両が製造され、1973年(昭和48年)から1993年まで「スカイライナー」などの有料特急専用車両として運行されていた。

運用離脱後、宗吾車両基地で保留となっていたAE61は保存が決定して解体を免れた。1997年2月以降、同車両基地に設けられた展示スペースに200形(新京成電鉄200形から塗装復元)や旧3000形とともに静態保存されている。

京成1600形電車

1953年にモハ1601とクハ1602の2両編成で登場した。
1958年に売店設備を持つパンタグラフのない中間電動車モハ1603(車体は全鋼製、汽車製)を増備。トイレ・水タンクの関係からクハ1602の電動車化は見送られたが、パンタグラフの取り付けが行なわれた。モハ1603の台車はKS-113Xだったが、後に他の2輛とあわせるためクハ2111のKS-104Aと交換している。3両編成で1967年まで使用された。
1967年12月に特急運用を離脱した。

京成1500形電車

京成1500形電車は、京成電鉄にて過去に所有していた鉄道車両である。
1941年2月に帝國車輛工業で竣工した2扉セミクロスシート車。当初は片隅運転台方式で京成車両特有の側面ドア位置が左右非対称(点対称)の形態で、ちょうど3扉車の両端の扉のような位置にドアが設けられていた。4両が製造されたが、竣工当初はすべて制御車であった。このため他の車両と連結して運用された。
1967年に新京成に譲渡された。1972年には大栄車輌にて250形(新造)や800形同様の全金属製車体に載せ変え、モハ253・254とクハ553・554に改番された。1987年に廃車となった。

続いて一般列車の一覧です。

京成3000形電車 (2代)

京成3000形電車(けいせい3000がたでんしゃ)は、2003年2月1日に営業運転を開始した[1] 京成電鉄の通勤形電車。
「3000形」という車両形式名は、京成電鉄では「赤電」とも称された初代3000形が在籍したことから2代目で、新3000形とも称される。都営浅草線乗り入れ事業者の車両については車両番号の千位の数字が協定で定められており、京成は3・4を付与することができるが、設定されていない「3900」を飛ばして再び「3000」の形式名となった。

2010年7月17日開業の成田スカイアクセス向けの一般特急列車用車両として、2009年9月から製造された。この7次車は仕様が変更され、車両番号が3050番台にも区分されたことから「3050形」とも呼ばれる。スカイアクセスの開業までに8両編成6本(48両)が日本車輌製造で製造された。なおこのグループから車内の表記類はすべてシールとなった。また日本車両(日本車輌製造)のシールの落成年は和暦から西暦に変更された。

京成3700形電車

京成3700形電車は、1991年3月19日から運用開始された京成電鉄の通勤形電車。
1991年3月19日、成田空港ターミナル直下への乗り入れと北総開発鉄道(現・北総鉄道)北総・公団線(当時)2期線の開通を機に導入された。京成の新規製造の通勤車では初めてVVVFインバータ制御を採用した。都営地下鉄浅草線、京浜急行電鉄各線や北総線への直通運転にも対応。

京成3600形電車

京成3600形電車は、1982年から導入された京成電鉄の通勤形電車。
輸送力増強および青電形式の210形、700形の置き換えを目的に、1982年6月から1989年7月にかけて6両編成9本の計54両が製造された。
当初は京成線内の運用のみで、都営地下鉄浅草線への乗り入れは行わなかった。その後、都営地下鉄浅草線への乗り入れは4年半後となる1987年1月26日より開始された。

3618編成は、2002年10月に帯色変更(芝山鉄道のイメージカラーである赤と緑のカラー帯に変更[5])とKeiseiロゴプレートの上から芝山鉄道の社名貼り付けなどを行った上で、芝山鉄道にリースされた。カラー帯は赤色は太陽を、緑色は芝山の緑の大地(緑色は芝山町の色でもある)をイメージしたものである。
運用は京成の車両と共通運用となっていた。8両編成のため、自社を走るのは朝夕に限定される。

京成3500形電車

京成3500形電車は、1972年より製造が開始された京成電鉄の通勤形電車。
本形式は、輸送力増強と750形などの「青電」の置き換え用として1972年12月から1982年5月までに4両編成24本96両が製造された。
京成の通勤車では初の冷房車である。
本形式の車両番号は、4の数字が縁起が悪かったため直前の3300形から200飛んで「3500形」と命名され、従来車と同様に東寄りから第1編成が3501、3502、3503、3504、第2編成が3505 - 3508…と連番で付与されている。

初期には前面貫通扉の上に水切りがなかったが、後で取り付けられた。

1 2 3