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人物

1892年6月25日生まれ

千葉県出身

身長は180㎝以上

少年期より秀才ぶりを発揮し、県立千葉中学から金沢の四高を経て、京都帝国大学医学部を首席で卒業後、細菌学、衛生学、病理学の博士号を取得した。

彼は研究者ではなく、軍医の道を選んだ。国家と直接関われる、時代を動かせるという野望があったのである。その野望通り、軍医としては最高の中将となり、国家を動かす中枢に位置するようになった。

知的な一方で野心的な行動派の人物で、率先して革新的な技術開発に携わった。ある時、新型の給水ろ過装置で石井は兵士達の前で自分の尿を装置に入れて、ろ過された尿を自ら飲んでみせたほど。

731部隊

731部隊を創設。表向きは軍の防疫対策(すなわち感染症予防の対策)や給水技術(軍隊に安全な水を供給する方法など)を研究する組織としていた。 しかし、この部隊では生物化学兵器の研究やそれに伴う各種の実験を行っており、非人道的な人体実験を行っていたとされる。

生物化学兵器とは細菌やウィルス、毒ガスなどの殺傷力を利用した兵器のことである。殺傷力も汚染範囲も非常に高く、安価で製造できる。

陸軍に防疫部が出来たのも欧米視察・研究を行って帰国した石井が「鉄資源などに乏しい我が国にはこういった(生物・化学兵器)安上がりで威力のあるものは重要である」などと提言し、軍上層部の耳目を惹いたからとする説もある。

狂気の人体実験

中国人やロシア人などの捕虜や(スパイ容疑などの)囚人、または(それらと間違われた)民間人を集め、彼らを隠語で「マルタ」と呼び、様々な人体実験を繰り返していた。

マルタは番号を付けられ、窓一つない五メートルの壁に囲まれた脱出不可能な特設監獄に閉じ込められた。その後、特設監獄から一人また一人と引き出され、様々な細菌に感染させられ生きたまま解剖させられた。

凍傷実験、ガス壊疽実験、銃弾実験などのように、人体を極限まで破壊すると、人体はどのくらいの期間持ちこたえることができるのか、あるいはそこからどのように治療すれば回復させることができるのか、といった生理学的な研究も頻繁に行われた。

戦後

第二次世界大戦で日本が降伏した後に行われた、連合国が「戦争犯罪人」として指定した日本の指導者などを裁いた一審制の裁判。(wikipediaより)

戦後731部隊の存在は隠蔽され、各種戦争裁判でも関係者の責任は一切問われなかったが、石井が研究の成果のすべてを米軍に引き渡し責任を不問とする工作が為されたとされる。

731部隊関係者の多くは大学に戻り、その後医学会の重鎮と呼ばれるようになった人物も多く、長らく医学会のタブーとされてきた。

石井は新宿区内で医院を開業し、近隣の住民が怪我や病気になると無償で診察、治療を行ったという。

昭和34年、石井四郎は喉頭がんのためこの世を去る(享年67)。晩年は熱心に寺に通ったと言われている。また、死の10日前にキリスト教の洗礼を受けたという。

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