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道端に捨てられた子供から大臣へ。フランスの文化・通信大臣フルール・ペルラン

韓国で生まれ、生後3日で道端に捨てられ孤児となり、その後フランス人夫婦の養女となってパリにわたり、エリート官僚、大臣にまで登りつめたフルール・ペルラン氏の情報を、彼女のファッション画像と共にまとめました。

更新日: 2016年03月17日

suiren2015さん

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フランスの文化・通信大臣フルール・ペルラン氏

フランスの政治家

社会党に属し、2002年大統領選挙戦および2007年大統領選挙戦では同党の候補者のために活動した。2012年フランス大統領選挙において、第1次ジャン=マルク・エロー内閣で初入閣、中小企業・イノベーション・デジタル経済担当大臣となった。2012年6月から第2次ジャン=マルク・エロー内閣でも引き続き中小企業・イノベーション・デジタル経済担当大臣を担当。

2014年4月より第1次マニュエル・ヴァルス内閣の対外交易・観光開発・在外同胞担当長官、同年8月26日より第2次マニュエル・ヴァルス内閣の文化・通信大臣。

韓国で生まれ、生後間もなく孤児に。生後半年でフランス人の養女に

1973年8月29日、ソウルでキム・ジョンスクという女の子が生まれた。生まれて3日で路上に捨てられたこの子どもは孤児院に送られ、6カ月後にフランスへ養子に出された。原子物理学者であるフランスの父は韓国からきた娘に「花」を意味する「フルール」という名前を付けた。

ペルラン氏は生後6カ月の時、韓国からフランスに送られた。 韓国での名前はキム・ジョンスク。 フランスの親が出生記録に韓国で受けた書類に記入されていた名前を残しておいたため、本来の名前を知ったという。 7歳年下の妹も韓国からの養子だ。 ペルラン氏はフランスに渡った後、韓国に行ったことはない。 韓国語は全く話せない。

生後3~4日後に道端に捨てられ、孤児院に預けられたのち、生後6か月でフランス人家族と養子縁組をする。養父は核物理学者。パリ近郊のヴェルサイユで育った

フランスで教育を受け才能が開花。エリート街道を突き進む。

ペルラン氏は成績が優秀だった。 普通の生徒より2年早くバカロレア(フランス大学入試)に合格し、グランゼコール(卒業後に修士が認められる高級大学)のESSECとパリ政治大学を経て、フランス官僚の産室である国立行政学校(ENA)を卒業した。 その後、ENAでの成績が最上位圏の卒業者だけが行く監査院で文化・視聴覚・メディア分野を担当した。

飛び級で16歳で科学分野の大学入学資格試験(バカロレア)に合格。グランゼコールであるエセック経済商科大学院大学修士課程を21歳で卒業。国立行政学院、パリ政治学院を卒業後、会計院(フランス語版)に入った。フランス監査院の経済・デジタル担当監査官、イラク・ニューヨーク・ジュネーブ駐在国連組織監査委員会外部監査官、フランス21世紀クラブ会長など歴任。

誇れる”どころかブっとぶのが彼女の学歴。16歳でバカロレアを取得し、ESSEC(エセック経済商科大学院大学)に入学。名門グランゼコールで、それだけでも十分なのに、21歳で卒業できちゃったからと、これも超名門校、パリ政治学院に入学、公共サービスを選択。さらに24歳で究極のエリート官僚養成校、ENAに入学。現大統領フランソワ・オランド、その元パートナーで2007年サルコジと大統領選決選で争ったセゴレーヌ・ロワイヤル、現外務相ローラン・ファビウス、前首相フランソワ・フィヨンなど大物政治家の多くがこのENA出身者だ。

自分の出自、生まれた国をどう思っているのか

ペルラン氏は最近、韓国メディアのインタビューで「私は外貌は東洋人だが、考え方や行動様式はフランス人」と述べた。 自分が養子だという事実については「捨てられた子という事実が私を苦しめたが、養子という幸運を得たという点を不幸中の幸いだと考えて生きてきた」と語った。

ペルラン氏は、「憤りのようなものはありません。私は生後6カ月で養子になったので、当時のことは全く覚えていませんから。私は素晴らしいフランスの家庭の養子になって幸せな幼少時代を送り、ずっとフランス人だと思って生きてきました」と答えた。

彼女は、仁川空港から入国したときの共同通信とのインタビューで、「韓国人として生まれて養子になった人が世界で成功している。だから養子を生んだ社会を批判しないでほしい」と、

ペルラン氏は閣僚になった後、韓国メディアのインタビューで、「韓国人と同じ外見の人が他の国で閣僚になったことを珍しく思うのは理解するが、あまりにも大きな関心に驚いた」とし「鏡に映った私の姿をつくづく見ても私はフランス人」と話した。

私はフランス人。そして実の両親を探すつもりはない

夫のローラン・オレオン氏と

韓国出身者が海外で成功すると「韓国人が外国で成功した」として大騒ぎする韓国に対して彼女は冷静だ。昨年3月、自身を捨てた国を再び踏んだ彼女は、空港で待っていた記者らに向かい、「私はフランス人だ」と言い切った。両親を探すつもりがあるかとの質問には「ない。私の家族はフランスにいる。私はフランス国籍の、フランス人だ」と話した。

--(韓国の実の)両親を探してみるつもりはあるか。

「ない」

--彼ら側から先に連絡してきたことはないか。

「ない」

--娘に自身のツールについて説明したことがあるか。

「もちろんある」

フルール氏の娘と。

その華やかなファッションも話題に

--とても洗練された服を着るようだ。常連のブティック店はあるか。

「ない。私は一度服を買えば捨てずに長く着るスタイルだ。約20年前の学生時代に着た服を今でもたびたび着ている。幸い、スタイルが大きく変わらないタイプだ。外国に行ったりする時に若いデザイナーが夕方の会食用の衣装を貸す場合がたびたびある。フランスの若いデザイナーを激励するためにそのような服をわざわざ着たりもする」

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suiren2015さん

歴史とか雑学ものとか美味しいものに可愛いもの、自分自身の保存のためでもあるまとめ。見てくださる方すべてに感謝。