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ココ・シャネルの成功マーケティング手法とは?『エレガント』だけど路上モードのファッション

ココ・シャネルは、田舎のナイトクラブで歌手をしていましたが、将校の愛人になる事で、パリに進出していきます。そこから社交界に入り込んで、セレブになっていきます。

更新日: 2019年06月09日

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misukiruさん

女性らしさを残しながら『エレガント』にモードファッションを着こなすシャネルの原点を作ったココ・シャネル。

歌っていたナイトクラブで将校のエティエンヌ・バルサンと知り合い、その愛人となる。

◆エティエンヌ・バルサンの愛人からキャリアスタート

1909年、ロワイヤリューの厩舎にてガブリエル・シャネルとレオン・ドゥ・ラボルド、エティエンヌ・バルサン

シャネルの本名はガブリエル・ボヌール・シャネル。“ココ”とは田舎町のナイトクラブで売れない歌手をしていた頃、自分の持ち歌から付けられた愛称

バルサンは資産家であり、セレブに顔の効く彼との生活はシャネルに社交界との繋がりをもたらすことになった。

◆ココ・シャネルの生き方

◆男に媚びるのに飽き飽きしてくる

アトリエをオープンした翌年、ココには新たにパリ・カンボン通りに帽子専門店「シャネル・モード」をオープンさせるのですが、この時の出資者は、バルサン邸で知り合った裕福なイギリス人、アーサー・カペルです。

カペルの支援でブティックを開いた仏リゾート海岸、ドーヴィル。そこで運命的に出合ったのが漁師服の素材であるジャージーだった。

モードを『エレガント』に着こなしたココ・シャネル

ココ・シャネルこそ、女が動きやすいファッションを確立し、市場を開拓したモードの革命児

ココ・シャネルが成功の原点は、この貴婦人たちの ゴテゴテファッションへの否定と、彼女の新しいファッションスタイルの市場開拓でした。

お洒落は我慢と言う言葉がありますが、彼女の行っていることこそ、それに値するファッション、シックの醍醐味です。

シャネルのファッションはデザインから生まれたものではなく、全て機能的な必要性から生み出されたものだったのです。

◆機能性を追求した『モード』ファッション

戦争が終わり「モード」というものが、芸術的かつゴージャスから「機能性」と「シック」なものへとシフトしたのです。

シャネルは徹底的に無駄な装飾を消し、マスマーケットのニーズにあった「黒」を取り入れました。それをひたすら大量生産、大量販売。

余計なものを削るのがブランディング

ブランドを鮮明にするために余計なものをいかに削るかということの方がはるかに重要になる場合が多い

安物を高値で販売する手法

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