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クリスマスもセーラー服も!?私たちの暮らしを変えた大正天皇

ランドセルや神前結婚式が大正天皇に由来する、と小耳にはさんだので、ほかにも何かないか調べてみたら、あるわあるわ、意外なネタがたくさん見つかりました。大正天皇の時代が、ちょうど日本人の生活様式の転換点だったということもあるのだろうけれど。皇室の影響力はすごいなぁ。

更新日: 2016年05月31日

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il0veb00ksさん

大正天皇(たいしょうてんのう、1879年(明治12年)8月31日 - 1926年(大正15年)12月25日)は、日本の第123代天皇。諱は嘉仁(よしひと)。幼少時の御称号は明宮(はるのみや)。

今上陛下(125代)の祖父にあたります。

■■ ランドセル ■■

明治10年に開校した学習院は、明治18年に、生徒が馬車や車、人力車で通学することを禁止します。この時に合わせて、軍用の「背のう」つまり「ランドセル」に学用品類をつめて徒歩で通学させることも決まりました。これが、ランドセルが子どもの通学カバンとして使われ始めたきっかけです。

1887年(明治20年)、当時皇太子だった大正天皇の学習院初等科入学の際に、伊藤博文が祝い品として軍の将校にならったランドセルを献上し、それがきっかけで世間に徐々に浸透して今のような形になったとされています。

明治23年(1890年)には学習院生徒心得で、背嚢を黒革と色と素材を規定。このような背景から、現代一般的なランドセルのデザインは‘ 学習院型 ’また‘ 学習院型ランドセル ’と呼ばれます。

全国的にランドセル通学が普及したのは、昭和30年代以降です。素材は天然皮革だけでなく、合成皮革も使用されるようになり、色や大きさなども、流行や時代に合わせて変化してきました。また、より背負いやすく、より安全に使えるように様々な工夫もほどこされています。

■■ セーラー服 ■■

セーラー服のセーラー、はsailor = 水兵を意味します。もともとは、水兵さんたちのために開発された服でした。

19世紀半ば、絶頂期の英国海軍のシンボルであった水兵の服を着た英エドワード皇太子の姿がかわいいと評判になり、子供服として普及しました。20世紀に入って、マリーンルックが流行し、大人も着るようになり、日本にも紹介されました。

日本では欧化熱のさかんな1880年代に上流階級は子どもに洋服を着せ,85年に明宮(はるのみや)(大正天皇)が水兵服を着用したところから一般にも広がり,明治・大正・昭和と一貫して学齢前の子ども服の主流を占めた。

■■ クリスマス ■■

9月に宮内庁から公表された『昭和天皇実録』。『昭和天皇伝』を執筆した京都大学大学院教授の伊藤之雄(ゆきお)さん(62)は、父親の影響力に注目した。
(略)
裕仁親王が6歳だった明治40(1907)年12月18日に「皇太子(大正天皇)・同妃よりクリスマスの靴下に入った玩具を賜わる」とあり、その後もクリスマスに関する記述が見られます。西洋的な行事は大正天皇の好みなんですね。

画像は、子供達と写る大正天皇(右端)。
右の子供が、長男の迪宮(昭和天皇)、左は次男の淳宮(秩父宮)。

昭和2年 大正天皇の崩御により、12月25日が「大正天皇祭」として祝日になる。

戦前の休日法は当初から先帝祭を休日に定めていたため、1927年(昭和2年)3月4日に当時の休日法「休日ニ関スル件」が改正され、大正天皇祭(12月25日)が設定された。クリスマスの習慣は休日だったこの時代に広く普及したとされている。

(略)戦前期の休日法では先帝崩御日が毎年休日となるため、日本にクリスマスが定着するきっかけの一つになったとされている。

■■ 神前結婚式 ■■

現在広く行われている神前結婚式は、大正天皇と貞明皇后の婚儀を、東京大神宮が一般向けにアレンジしたものである。

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