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紫艶 桂文枝(桂三枝)不倫騒動AVデビューまとめ

桂文枝、紫艶の不倫、リベンジポルノ騒動、AVデビューをまとめてみました。

更新日: 2018年06月29日

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この記事は私がまとめました

beng2さん

▼遂にAVデビューが決定!!

作品情報

不倫問題で芸能界を震撼させた、あの芸能人【紫艶】がついにデビューする事が決定!あの大物タレントを虜にした悩殺BODYとエロテクを全て余すところなくお見せします!妖艶な大人の女性が見せる濃厚でハードなSEXは見る者すべてを虜にすること間違いなし!しかも、本編では誰もが気になる34との真相も・・・衝撃のインタビューもしっかり収録!2016年を騒がせた芸能人のSEXが見れるのはKMPだけ!最高傑作間違いなし今シーズン一押しの作品です!

出典http://www.km-produce.com/shien_debut/

▼紫艶のfacecookへの投稿

今、思ってることを正直に書きます
桂文枝師匠と、18歳の時に出会ってまもなく同棲生活が始まりました。
18歳の未成年で、おカネをもらって、男女関係を結んでいたわけですから『援助交際』になるんでしょうかね。
少し若すぎましたよね・・・・あと2歳、早かったね。

私の唯一の願いは、桂文枝師匠が『真実』を語ってくださることだけです。
あの男らしい師匠の姿は、一体どこに行ってしまったのでしょうか?
ただただ『真実』を語って欲しい・・・。
それが、私の唯一の願いです。

なぜ、桂文枝師匠は『20年不倫』を『完全否定』する必要があったのか・・・。
師匠は今『人間国宝』が欲しい時期にきているので『20年不倫』を認めるわけにはいかないのでしょう。 
男性ならみんな『名誉』を選ぶのかもしれませんね。
『愛人』より『人間国宝』の方が大切なのでしょう・・・。

この度は、不適切な写真が掲載されてしまい、申し訳ありませんでした。
『FACEBOOK』でしか連絡のとれない知人もいるので、新たに始めました。
そして、桂文枝師匠とはもう2度と会えないと思うので、未練が残ってしまうので、師匠との写真をケイタイのギャラリーから消去しました。
でも、せめて20年間の一生の思い出に『3枚だけ』と決めて残しました。
でも、私の不注意で、消去したはずの写真がアップされてしまいました。
桂文枝師匠には、18歳からお世話になりましたし、目標である『人間国宝』になって欲しいと心から願っているので、今回のことは、決して故意ではありません。
大変申し訳ありませんでした。
心より謝罪申し上げます。

本当は直接伝えたいけど、伝える手立てが無いので、ここに綴ります。
18歳のわがまま娘の頃から、お世話になりありがとうございました。
世間では『師匠』でも、私にとっては愛しい『ぱぱりん』で・・・。
まさか、こんな形で会えなくなるなんて、想像もしてなかったけど・・・。
あの会見で『20年不倫』を『完全否定』された時、『私』の存在も、『私』の20年間も、無かった事になるんだなって・・・。
『私』って一体何だったんだろうと、とてつもない無力感に襲われました。
きっと、これからも『ぱぱりん』が『真実』を語ってくれる日は来ないんだろうな・・・と思うと、涙が溢れ出て止まりません。
私はまだ、前を向いて歩いて行けそうもありません。
今回のことでわかりました。
『不倫の終わりは、哀しみの涙に変わり、そして、痛みに変わる』と・・・。

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「その一つを小脇に抱え、師匠は生まれたまんまの姿で『いらっしゃ~い』と、ふざけていたものです。大笑いしながら写真を撮ったりして遊んだ後、師匠は奥のベッドで私を愛してくれました」

 桂文枝師匠(72)のマンションで、元演歌歌手の紫艶(しえん・38)は「18歳で出会って数ヵ月後には同棲していた」という。

紫艶が語る。
「同棲が始まり、お部屋で師匠の帰りを待つようになってから、お金をいただくようになりました。いま考えると『愛人手当』だったんでしょうか……。月に約20万円。たいていは銀行振り込みでしたが、手渡しのときもありました。名義は河村静也(文枝の本名)か、師匠の個人事務所の『三友事務所』でした」

紫艶が記者に差し出した通帳を見ると、’99年6月から’05年2月までほぼ毎月、振り込みがあった。’02年から額が15万円に値下げされていたのは、「東京の事務所に所属して、私が少し稼げるようになったから」(紫艶)だという。フライデー最新号には、通帳の写真も掲載されている。

「両親が病気になり、困窮した私が師匠におカネを無心したところ、断られたので不倫を暴露した。そう言った芸能リポーターの方がいましたが、事実無根です」

 たしかなのは、師匠が『新婚さんいらっしゃい!』の司会を続けながら「愛人さんいらっしゃい!」生活をしていたこと。
 今回の「20年不倫」を受け、師匠は釈明会見などで「家庭の危機」を口にしたが、「私と不倫していたころから、ほとんど池田の自宅には帰ってなかったはず」と紫艶は言う。

紫艶が言う。

「私は所属事務所を辞め、大好きなグラビアも歌も諦めて引退し、すべてを失いました。なのに師匠は不倫の責任を負わず、逃げ続けるのでしょうか」

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