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指原「東京でいうと渋谷」な福岡市「天神」ってどんなところ?

HKT48の劇場移転に伴い、指原莉乃が移転先(西鉄ホール)である福岡市「天神」を「東京でいうと渋谷」と発言。商業施設が集積し、若者を中心に人が最も多く集まる場所という意味で「渋谷」と表現したと思われる。「博多」と「天神」の違い、「天神」の知られざる歴史などをまとめた。

更新日: 2016年11月09日

aku1215さん

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■HKTが劇場移転 移転先を指原が「渋谷」と表現

HKT48が4月28日から福岡市中央区天神の商業施設「ソラリアステージ」6階にある「西鉄ホール」で劇場公演を行う。

HKT48活動拠点のHKT48劇場が入居する福岡市中央区のホークスタウンモールが3月31日で閉館することにともない。

新劇場は福岡の中心街・天神。西鉄バスセンター・西鉄福岡(天神)駅に直結する好立地となる。

指原莉乃(HKT48)

■福岡市には「天神」と「博多」の二大繁華街がある

歴史的にみれば、博多地区は町人のマチ、天神(福岡)地区は武士のマチ

明治に入り、「博多市」か「福岡市」かの議論が起こり、投票の結果「福岡市」となった。

一方、天神エリアはデパートをはじめ数多くの複合商業施設、地下街が高密に集積する高度商業機能に加え、高層オフィスビルからなるビジネス機能も併せ持ち、福岡の絶対的中心地。

■「天神」を発展させたのが西鉄ホールを所有する西鉄

天神は鉄道により発展した街。天神で路面電車が交差していたことにより天神が交通のハブになったことが天神発展の理由。

『ブラタモリ』でも福岡市の発展と西鉄の関係が取り上げられた。

路面電車は電力王と呼ばれる松永安左エ門が博多と天神を結ぶ路面電車を開発し、その後博多一の商人の渡邉興八郎がもうひとつの路線をつくり、それぞれの路線が交差するのが天神であった。

両路面電車とも西日本鉄道(西鉄)の前身。渡邉興八郎の名前は、今の渡辺通りに残る。

渡辺通り。1979年に路面電車が廃止されて現在の道路が整備された。

大正13年に天神に福岡駅が誕生し、大牟田線が通ることにより天神はより発展することになった。

大牟田線=西鉄大牟田線。福岡県を南北に結ぶ大動脈。西鉄による沿線開発は、東急電鉄(渋谷)の沿線開発がその先駆。その歴史的経緯を踏まえての指原「天神=渋谷」発言ならすごい。

■地名の由来は菅原道真から

福岡有数の繁華街である天神の真ん中にも水鏡天満宮(すいきょうてんまんぐう)という神社があり、この天満宮は「天神」という地名の由来。

出典qb-ch.com

水鏡天満宮

小さいながら風情ある社。隣接する水鏡天満宮横丁は知る人ぞ知るグルメスポット。

太宰府に左遷されて博多に着いた菅原道真は、今泉辺りを流れていた四十川(しじゅうがわ・現在の薬院新川)の水面に映った自身のやつれた姿を見て、嘆き悲しんだといいます。

これにちなんで今泉に建てられた容見(すがたみ)天神は、福岡藩初代藩主・黒田長政によって水鏡天満宮として現在の地に移されました。

■夜はあちこちに屋台が並ぶアジアンテイストな街

夜の街に点々と並ぶ屋台は福岡の名物の一つ。仕事帰りの人と観光客でいつも賑わっています。主な屋台スポットは、 天神、中洲、長浜。合計で200軒を超える屋台があります。

写真は天神地区の様子

福岡の観光ポスターやガイドブックにも屋台は登場し、屋台が川沿いに並ぶ夜景は博多の風情を演出しています。都会の中に雑多に並ぶ屋台はいかにもアジア的であり、観光客の旅情をそそっています。

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aku1215さん

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