1. まとめトップ
  2. おでかけ・グルメ

真田幸村ファン集まれ!真田の里で「真田丸」の歴史を巡る

大河ドラマで話題の「真田丸」。真田の発祥地は長野県上田市と言われ、「真田の里」と呼ばれる観光地が出来ているほどなんです。。真田に由来する当時の史料や建築物が数多く残されており、毎年たくさんの歴史マニアに訪れられています。

更新日: 2016年03月01日

28 お気に入り 14244 view
お気に入り追加

伝説の武将 真田幸村とは?

真田幸村は父・昌幸がまだ武田信玄の家臣であったころ、甲斐国甲府にて生まれた。

父とともに豊臣秀吉に仕え,天正 18 (1590) 年小田原陣 (→小田原征伐 ) に参加。

真田幸村は,真田十勇士や大坂の陣における赤揃えでの突撃など,武勇に勝れた武将として一般的に知られています

よく知られる幸村の名は江戸時代以降、講談などで広まったもので、信繁の生前の頃の資料には幸村の名で書かれたものは一通も無い

謎多き城 真田氏本城跡

築城年代は定かではない。 海野氏の庶流とされる真田氏の拠点があった所で、規模や構造が真田氏の本城に相応しいとの理由から真田本城と呼ばれている。

この「真田本城」は、名前の通り真田氏の本城だったかというと、あくまでこれは推定なんだそうです。

この城は真田山城、松尾新城、住連寺城、十林寺の城山などといわれますが、真田氏の本城にふさわしい規模や位置の城であることから真田氏本城跡と呼ばれています。

真田氏本城:あくまで推定の上で本城と名付けられたもので、確たる記録等はありません。がんばりましょう。

@benny_ayame 真田氏本城から真田氏館にある時期に移してるんだろうと思います。いつかはわかりませんが…ちなみに真田氏館には皇大神社があり、上田城に移る際に昌幸が寂れないように天照大神を祀っていますので、真田氏本城→真田氏館の順序は間違いないかと。

つつじの名所 真田氏館跡

真田氏が上田城を築城する以前の居館跡で、地元では「お屋敷」と呼ばれ親しまれています。

構築の時代は永禄年間(1558〜1570年)と考えられ、中世豪族の居館がほぼ完全な形で保全されています。

当初は真田信綱の為に建てられたが、信綱が長篠の戦いで戦死してから、真田昌幸が上田城を築城する前に使用したともいわれている。

真田家の家紋のアーチをくぐる 長谷寺

真田幸村の供養塔があります。

天文十六年(1547)に真田幸隆が上州(現在の群馬県)安中の長源寺より、晃運和尚を招いて創建したのが、長谷寺の始まりです。

上田市真田にある。武田軍随一の謀将・真田幸隆を開基とする曹洞宗の寺院。

本堂の裏には真田幸隆夫妻、幸隆の三男、昌幸の墓がある

本堂の入口に立つアーチ形をした石門は寺の創建当時のものといわれ、その頂上部には真田氏の家紋 六文銭が刻まれています。

真田家の菩提寺である長谷寺(ちょうこくじ)。幸隆公と夫人(草笛光子さん)、昌幸公(草刈正雄さん)の墓所がある。 春になると枝垂れ桜が美しいらしい。 pic.twitter.com/b0faZtsNSp

桜も有名!上田城

1 2





世の為、人様の為に役立つような『まとめサイト』を心がけております。少しでもお役に立てれば幸いです
http://xn--n8jp8064afdkcxg38lqtsyyn64kbym.net/

このまとめに参加する