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AIのルーツ…18世紀欧州を席捲した驚異の機械人形『ターク』

“人工知能のルーツ” と言われる、18世紀に誕生しヨーロッパやアメリカ各地で人々に驚きを与えたチェスのオートマタ(機械人形)=「ターク(トルコ人)」。これはおそらく、人類がこれまでに発見したもっとも驚くべき発明品のひとつです。

更新日: 2016年03月08日

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チェスを指す謎の機械人形『ターク(トルコ人)』

タークとは、「トルコ人」のこと。
世界で最も人気のあるボードゲーム『チェス』を指す機械人形で、1769年にハンガリー人の発明家によって製作されました。

タークは、チェス盤を置いた机の前に座って長いパイプを持ち、ターバンを巻いたエキゾチックなトルコ人のような格好をした人形だった。

ハンガリー生まれの発明家Wolfgang von Kempelenが1769年に作ったチェス対戦ロボット

「ターク(トルコ人)」は、ヴォルフガング・フォン・ケンペレンという発明家によって製作された機械人形。

トルコ人はヨーロッパとアメリカで展示されている84年の間に行われたほとんどのチェスの試合に勝ち、その相手にはナポレオン・ボナパルトやベンジャミン・フランクリンも含まれていた。

ナポレオン・ボナパルトもタークと対戦をし、3度の反則を犯しながら19手で敗れています。

ターバンを巻いた神秘的なトルコ人(ターク)がチェス台で挑戦者を迎え撃つ、極めて巧妙なオートマトンであった。タークは自らの腕を伸ばして駒を掴みあげ移動させる事が出来た。対戦相手が狡をしてルールに反した駒の動かし方をすると首を振って見咎めた。何度も狡を繰り返すと、最後は腕で盤上の駒をなぎ払ってしまったという。

驚嘆するほどチェスは強く、腕を動かし駒を掴み、ときには会話さえしてみせた。ことば、身体、そしてゲーム。彼こそ人工知能・ロボット学のルーツであり、ミステリーとSFの源泉である。

発明の経緯

1734年1月23日 - 1804年3月26日
ハンガリー生まれの発明家。
「ターク(トルコ人)」のほか、人工音声の先駆けである「Speaking Machine」など数多くの発明を残した。

オーストリア=ハンガリー帝国の女帝だったマリア・テレジアの宮廷で行われたとある奇術師の舞台に、物理学や機械工学に通じていた官吏であるケンペレンは呼ばれた。

当時の女帝マリア・テレジアは悪魔や魔術を否定し、科学こそ真の白魔術であるという考えの持ち主でした。

科学技術に精通したケンペレンであれば、その奇術を見破ることが出来るのではないか、とマリア・テレジアは考えたのだ。しかしその舞台が、ケンペレンの人生を狂わせることになる。

ケンペレンは、シェーンブルン宮殿でマリア・テレジアに謁見した際、フランソワ・ペルティエが手品を披露しているのを見て、トルコ人制作の着想を得た。

人間の呼吸器や咽頭口舌を精巧に再現する事によりフルートの演奏を可能にした驚異的なオートマトン制作者として知られていたケンペレンは、予算を与えられ、半年間を掛けてさらに素晴らしいオートマトンを製作するようオーストリア王女の勅命を受ける。

奇術師のパフォーマンスを観たケンペレンは、「自分ならもっと凄いものを作ることができる」と宣言し、女帝より半年間の製作期間を与えられ「ターク」の製作に着手します。

その挑戦の結果がオートマタのチェス選手であり、今日ではトルコ人として知られている機械である。

こうして再び、ケンペロンはタークを携え宮殿に戻り、国中を驚かせるその発明を披露したのです。

驚異的な精度でチェスを指すこの “機械人形” に、誰もが驚きました。

世の中はこの機械人形に驚愕し、秘密を暴こうとした

最初にトルコ人と試合をしたのは、オーストリア人の廷臣のルートヴィヒ・フォン・コベンツルであった。その日の他の参加者と同様に彼はすぐに負かされた。トルコ人は攻撃的なスタイルで、30分以内で試合にけりをつけたと言われている。

現在もそうだが、チェスはヨーロッパで知的ゲームの代表格だ。これを機械がプレーするというのだから、人々も当然驚いた。

ケンペレンは当初、タークの実演はそこまで長くやるつもりではなかった。しかし、熱狂が熱狂を読んだ。ケンペレンの生み出したタークは、あちこちで評判となり、次第に広い会場を借りきっても満員になるほどの盛況っぷりを見せた。

ケンペロンは対局前にまず、種も仕掛けもありません、と客の前ですべての扉を開いて見せた。

タークの実演前、ケンペレンは、チェス台下の機構本体であるキャビネットもタークの背中も、ありとあらゆるハッチを開け、そこにぎっしりと詰まった機械を観衆に見せていた。

実演中、ケンペレンは、なにやら怪しげな木箱を触ったり操作のような事をする事もあったが、一方で、対戦中のタークをほっぽり出して、客席で客と話しに興じる事もあった。

トルコ人の活躍中から多くの本や論文が、外部の観察からトルコ人の動作原理を暴こうとしたが、ほとんどは不正確だった。

「誰かが外から磁力を使って遠隔操作しているのでは」「中に人が入っているのでは」「これは実に精巧な機械だ」
多くの推測がなされましたが、いずれも正しく秘密を暴くものではありませんでした。

誰にも謎は解けなかった。その間に、タークは様々な人々とチェスを指した。

そして圧倒的な強さで、ほとんどの対戦相手を打ち負かしていきました。

19世紀初頭のケンベレンの死後、メトロノームの発明者として知られている(実際は違うらしい)ヨハン・ネボムク・メルツェルが買い取った。ケンベレンもメルツェンもトルコ人を持ってヨーロッパやアメリカ各地を巡業し、大評判を得た。

秘密の暴露

タークは実は、世紀の “大イカサマ” でした。

18世紀には、タークは機械人形であるとしてほとんど疑われることがなかった。機械的なものというものがまだそこまで普及しておらず、機械というものがそもそもなんなのかよくわからないという時代背景の中で、人々はタークが見せてくれる奇跡を素直に受け取る。

しかし19世紀に入ると、その状況も変わっていく。蒸気機関など機械的なものが普及するようになり、大衆の間でも、機械に何が出来て何が出来ないのかということが少しずつ想像出来るようになってきた時代。その中にあって、タークの驚異的な能力は、機械には生み出すことが出来ないはずだという批判や、あるいは、タークは具体的にはこんなトリックで動かされているはずだというような推理まで、様々な反応が出てくるようになった。

1827年、ボルチモアでの公開時、二人の少年が、テーブル下のキャビネット部から人間が出てくるのを目撃した。この出来事は『ボルチモア・ガゼット』紙の記事となり、真相の核心はこの時点で明らかになっていた。

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