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人で賑わう花見!実は桜と災害は深く関係していた

もうすぐ花見シーズンです!実は桜と災害は深く関係していたのです

更新日: 2016年03月11日

canty0628さん

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4月になると人で賑わう花見シーズン

日本人にとって桜は特別な花。あの薄紅色の花びらがはらはらと散る風景は文学や絵画など古くからさまざまな日本文化で描かれ、心性にも深い影響を与えてきた。

今年の花見の見ごろは?

もうちらほら桜が咲いてて今年はいつどこへ花見に行こうか俄かに焦る

桜といえば川沿いに植えられていることが多いと思いませんか?

多くの日本人は,春,花見を楽しむが,花見といえば,川岸の土手に植えられ た桜並木を思い浮かべる人も多いであろう。

@darumaruchibi 桜の季節は最高だょ!隅田川に桜並木がなんキロも続いていて、スカイツリーと桜見ながら、ウォーキング、その頃は、ランナーいっぱいだょ! pic.twitter.com/fDKz1qTumd

あまり知られていませんが浜松市西区大山地区で 静岡県西部地区最大の【河津さくら祭り】を開催しています。 花川の南北堤防約1キロに400本の河津さくらと130本のソメイよしの桜が咲きます。 pic.twitter.com/5UxM1b1RlO

なんとなく目的地まで普段歩かん道を散歩がてら歩いてるけどやっぱり堤防沿いは桜の木が多いなぁ 春になったらまた来よう

そうです!堤防×桜には意味があったのです!

桜は、そもそも隅田川をはじめ、堤防を守る目的で植えられました。

八代将軍吉宗が、1717年に、お花見をできる場所として約100本を植栽したそう。

土手の上に桜の木を植えておくと、桜の季節になると大勢の花見客がやってくる。

当然、コンクリートやアスファルトなんてありませんから、石や土で造っていたのでしょう。

多くの人がこの堤防を訪れる事で、積み上げた土嚢が踏み固められ、堤防としてはより強化されていったというのです。

むかし将軍吉宗さんの時代、大雨で川が氾濫。その時は、20万人が亡くなったと本で読みました。その慰霊に、隅田川で花火大会を催し、現在に続いています。幕府は堤防を築き、桜を植え、花見をしてもらい、人に踏み固めてもらい、護岸をしました。苦楽を共にする姿が、そこにあります。

東京の川沿いの桜の名所は、そうやって、人工的に埋めたてられて、踏み固められた場所。

やはり堤防は災害を防ぐ為に大事です

1854年12月23日、安政の東海地震(M8.4)が発生し、その32時間後に襲った安政の南海地震(M8.4)のときの物語である。

村の高台に住む庄屋の五兵衛は、地震の揺れを感じたあと、海水が沖合へ退いていくのを見て津波の来襲に気付く。祭りの準備に心奪われている村人たちに危険を知らせるため、五兵衛は自分の田にある刈り取ったばかりの稲の束(稲むら)に松明で火をつけた。火事と見て、消火のために高台に集まった村人たちの眼下で、津波は猛威を振るう。五兵衛の機転と犠牲的精神によって村人たちはみな津波から守られたのだ。

翌年から4年の歳月、延べ人員56,736人、銀94貫の私財を費やして全長600m、幅20m、高さ5mの大防波堤「広村堤防」を築いた。これは津波で職を失った人を助けるとともに、1946年(昭和21年)に発生した昭和の南海地震津波から住民を守り抜いた。

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canty0628さん

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