1. まとめトップ

【あさが来た】千代(小芝風花)の初恋相手が通う「帝国大学」とは?

『あさが来た』終盤の見所のひとつが千代(小芝風花)の恋。初恋の相手となる東柳啓介(工藤阿須加)は帝国大学生という設定。現在も「旧帝大」などという言い方に名残がある「帝国大学」。国家を背負う人材育成のために設立され、台湾などにも置かれた。現在でも影響力その他、その名残は現存する。

更新日: 2019年04月27日

0 お気に入り 18345 view
お気に入り追加

この記事は私がまとめました

aku1215さん

■『あさが来た』終盤の焦点となる千代の恋

工藤は、あさの娘・千代と病院で偶然出会い、千代が頭から離れなくなる好青年の帝国大学の学生・東柳啓介役。

『あさが来た』

千代と啓介

工藤が演じる東柳の出現によって、珍しく正当派の直球の男を見ることができるのか、はたまた彼も変化球で来るのか、彼の後半戦での活躍に胸が高鳴る。

『あさが来た』

千代と啓介

史実でも広岡浅子の娘は帝大出身の青年と結婚し、その男性が婿養子となって後に銀行の頭取や大同生命の社長を務めます。

■帝国大学は国家の中心となる人材を育てるべく設立された

旧制の国立総合大学。1886年帝国大学令により東京大学が帝国大学となり、1897年京都帝国大学の設立に伴い東京帝国大学と改称。以後、東北・九州・北海道・大阪・名古屋の各帝国大学が設置された。

もとからこれら帝国大学は「国家を支える優秀な人材」を創出する最高学府として、位置づけられていました。

政府官僚の人材育成という必要性が出てきました。そのために法科系といわれる分野の人材育成機関=帝国大学が成立していく。

「東京大学安田講堂」

帝国大学時代の1925年竣工

官僚養成機関の法学部(それも法律理論を研究するためのものではない)に、技術官僚養成のために工学部、農学部、医学部等を付設した帝国大学として発達していった。

■内地だけでなく、外地にもあった帝国大学

京城帝国大学は現在の大韓民国(韓国)、台北帝国大学は現在の台湾と、当時は大日本帝国統治下の外地に設立された帝国大学です。

台北帝国大学は、日本の九校の帝国大学の一つ。創立当初は、文政、理農の二学部だけでしたが、後期には、文政、理、農、医、工の五学部と熱帯医学 研究所、南方人文研究所、南方資源科学研究所の三つの研究所、及び予科を持つ大学になりました。

■今も残る帝国大学の優位

現在でもあらゆる学問で圧倒的な存在感を持ち、各地域の学問的リーダーとして君臨し続けています。

全ての国立大学法人の中で、研究費が多い上位7法人は旧帝国大学の7校となっている。

企業の「売上高」に当たるのが、国公立大学(国立大学法人および公立大学法人)では「経常収益」、旧帝国大学の経常収益は大きく、国立大学法人の上位を占めている。

■帝国大学雑学

角帽

【角帽】より
大学生のかぶる帽子。東京大学が帝国大学と改称し、学生の制服を定めたとき、制帽として採用。頂上が四角であるところからこの名がつけられ、明治時代には角帽は帝国大学生の異名であった。

学帽は明治6年、開成学校が始め。東京大学(のち帝国大学)では同19年に学生帽を採用、角帽が誕生した。 日清戦争前後からカンカン帽が流行。パナマと共に、夏の正装時の帽子とされた事から、校章を付け学帽として着用したようだ。 #あさが来た pic.twitter.com/NtNcaySqqu

帝大マンホール

東京大学のキャンパスには、長い歴史を感じさせてくれる建造物がたくさんありますが、足元のマンホールを、よーく観察してみると、「帝大」や「一高」といった文字が…。

1 2