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【歴史】えっ、意外と小さいかも!!徳川15代将軍の身長はどのくらい?

教科書や大河ドラマなどでお馴染みの歴史上の人物たち。その人柄や功績は語り継がれていますが、その身長や体型はイメージできますか?そこで徳川15代将軍の身長についてまとめてみました。

更新日: 2018年07月08日

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motome-lifeさん

教科書や大河ドラマなどでお馴染みの歴史上の人物たち。その人柄や功績は語り継がれていますが、その身長や体型はイメージできますか?

江戸時代の人の身長は、墓地などから発掘された人骨(おもに大腿骨)の長さから推定されています。推定身長を出すための計算式や、サンプルの採り方などで若干の差はありますが、おおむね“男性155~158cm”“女性143~146cm”の範囲内におさまるようです。

徳川15代将軍の身長は?

では、徳川15代将軍の身長はどうだったんでしょうか?

初代将軍 徳川家康

(在位期間)
慶長8年 ​(1603年) ​2月12日 - 慶長10年 ​(1605年) ​4月16日

2代将軍 徳川秀忠

(在位期間)
慶長10年 ​(1605年) ​4月16日 - 元和9年 ​(1623年) ​7月27日

3代将軍 徳川家光

代将軍の家光は157センチの中肉中背。持病として、頭重・頭痛、高血圧、うつ病を患っていたそう。

(在位期間)
元和9年 ​(1623年) ​7月27日 - 慶安4年 ​(1651年) ​4月20日

4代将軍 徳川家綱

(在位期間)
慶安4年 ​(1651年) ​8月18日 - 延宝8年 ​(1680年) ​5月8日

5代将軍 徳川綱吉

五代将軍、徳川綱吉は身長124センチ。いわゆる低身長症であったといいます。綱吉の死因は、餅が喉に詰まったことによる窒息死。

しかし、綱吉が低身長症だったというのには違う説も!

綱吉が低身長症(百二十四センチ)だったとするのは、綱吉を憎悪した六代将軍家宣とその子・七代将軍家継時代の悪質な作為である。綱吉は生前オランダ人と比較的多く会っており、彼らの残した記録では「立派な風貌に強い印象を受けた」となっている。世辞をいう必要のない彼らの意見の方が正解である。
加藤廣著「謎手本忠臣蔵(上)」より

(在位期間)
延宝8年 ​(1680年) ​8月23日 - 宝永6年 ​(1709年) ​1月10日

6代将軍 徳川家宣

現在までに判明しているところでは、歴代将軍の中で身長が最も高い。

(在位期間)
宝永6年 ​(1709年) ​5月1日 - 正徳2年 ​(1712年) ​10月14日

7代将軍 徳川家継

4歳で将軍の座についた七代将軍家継は、生来虚弱体質。急性肺炎による呼吸不全によって、8歳で命を落としました。

徳川家継の大樹寺の位牌の高さは135cmですが、8歳にしては大きすぎると言われています。

(在位期間)
正徳3年 ​(1713年) ​4月2日 - 享保元年 ​(1716年) ​4月30日

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