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【翻訳】interviewmagazine - Birdy Takes Flight

本まとめは3月22日 Interview Magazine掲載の記事の和訳となります。

更新日: 2016年03月27日

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この記事は私がまとめました

羽ばたけるバーディー

バーディー・インタビュー 2016年3月、ニューヨーク

Birdyは12歳にして全英音楽大会を制し、その3年後Bon IverのSkinny Loveのカヴァーを含むセルフタイトルのアルバム「Birdy」をリリースした。今春、後続するFire Withinに続く更なる3つめのアルバムとなる、Beautiful Liesがリリースされる。これまでの経歴を見返してみると、Birdyはオーストラリアで6度のプラチナディスクに輝いていたSkinny Loveのカヴァーをリリースし、マムフォード&サンズからの依頼で歌ったBrave(メリダのおそろしの森)のサウンドトラックに入っているLearn Me Rightではグラミー賞に初ノミネートとなったその人のことなのだ。本名、ジャズミン・ヴァン・デン・ボーガルド。現在19歳になった彼女は今、ロンドンに暮らしている。

前ラファエル派の芸術の他、日本の文化と情景を意識し、このアルバムはLoveとLossについての作品となっている。

その内の1曲、Liftedの中に
「You gave me hope
/ Woke my drifting soul and led me home
/ Won’t you just stay here
/ Chase away my fears
… Won’t you lead the way
/ Through my darker days,」と続く一節がある。
彼女の深く、情音に優れた声の音が聴こえるはずだ。

アルバムの最初のタイトルであるGrowing Painにある一節はこうなっている―
「You don’t make my heart beat like you used to
… We could save each other for the better.」

確かに彼女は今回第一線で活躍する名だたる作曲家たちと共作した。ワン・ダイレクション、シャキーラ、レオナ・ルイスと組んだスティーブ・マックにワン・ダイレクション、ニッキー・ミネイ、ザ・ワンティッドと組んだワイン・ヘクター、さらにはエド・シーランのグラミー受賞曲、Thinking Out Loudを共作したエイミー・ウォッジまでを含む。しかし、もっともこの音楽家は自らの足で立つ自分自身の場所というものを持っているのである。

「アイデアはずっとありました。でもそれはなんだか、『これはそうじゃない。こうしましょう。』って思えるようになるまで十分に自信が持てていなかったんです。このアルバムでは私はもっともっと力強くて、制作のプロセスではどれも以前と比べてもっと良いと思いました。」私たちとマンハッタンで会ったBirdyはそう話す。

Birdyには二人の異母兄弟がいる。「私は小さな頃ずっと自分は小説家になるんだって思っていました。いつもクリエイティブな書き物ができるように練習したいと思っていて。」 Birdyは絶えずその技巧を磨いてきたことになるでしょう、8歳のときにはもう自分で音楽を書き始めたのですから。今日では彼女の物語は歌と、シネマティックなミュージックビデオをもって実現することになった。先週リリースされたばかりのWild Horsesのビデオについてこう語っている。「マーメイドになるのが夢だったんです。ディズニーのアリエルも、リトルマーメイドもすごく好きだったんです。このビデオではちょっとえげつめなキャラクターですけど。」

この19曲を含む多作なアルバムに加え、彼女は今ファッションブランド、Red Valentinoのキャンペーンに起用されているし、来月にはヨーロッパツアーまで始まるところだ。Beautiful Liesのリリースに先立ち、Birdyにインタビューした。クラシックピアニストとしての教育を受けたこと、自分自身の存在に自信を持ったこと、映画のために曲を書くこと、などなど。

このアルバムのリリースは、他の音楽家のフィーチャリングサポートなしで行われる初めてのものになりますね。作曲プロセスはどうでした?

アメイジングなものでした。というのも私は自分自身にもっと自信を持っていましたので。一緒に曲を書いた人たちと、だからいい曲が書きたいと思っている人たちと、すごく良く足のあうんを合わせて力を出し合うことができたと思います。プロダクションとか、実際のもの以上に大きく見せる技術とかそういうことではなくて、曲そのものについて。私はいつもメロディーから入っていくのですがこのアルバムの制作では常にメロディーが現れてきました。あとは、このアルバムではスマートフォンのメモ機能を取り入れて、そこから曲を立ち上げてみる方法も使い始めました。自分は普通歌詞は後で付けるんですが、ええ、というのも私は音の方に意味は載っているものなので。

Shilhouette, Unbrokenではサイモン・アルドレッドと共作しているわけですが、制作はどんなものでした?

People Help the Peopleの原作者の方で、ご存知の通りその曲を私がひとつめのアルバムでカヴァーしています。お会いする時にはすごく気持ちが高ぶっていましたよ。作詞と言えば、Simonさんは本当に暗い言葉を使って制作されるんですが、でもそのメッセージはいつも高揚するものなんです。Simonさんは常にお会いするという時にはアイデアを作っていらっしゃったり本当にクールなコンセプトをお持ちになっていたりするのですが、私は本当にその点怠け者で。本当にインスパイアしてもらいました。その人なりと、何をどうするのかということで。Unbrokenは私の一番のお気に入りの曲の一つです。その音楽と言葉の両方の一組みで。実際に私の話だからということではないのですが。言葉の響きと歌った時のその形が好きなんです、ある種の詩という面で。この曲で扱っているのは私は私でそれで良いと気付くことで、言い換えれば自然に心から受け入れることができるようになること、自分の像を見つけること、自分の望んでいることがやっと分かることです。セカンドアルバムではそれまでの自分自身を維持して仕事をやりきろうとして自分を少し失っていたって感じでして、それが私にとっては苛々することなんです。

それじゃあ、自分の求めているものがなんなのか、Birdyには分かったということ?

まさしくそうです。時が経た時から考えると、相対的に言って若い時は自分が本当にしたいこと、望んでいることが何なのかは分かりにくいもので。人々と、他の人の考えに影響され過ぎてしまって。だから、例えば今まで何年もずっと音楽業界の中でやってきた人たちに向かって、自分自身の思いを理解して「いいえ、これが私が考えているものです。」って言ってしまえるようになるには時間がいります。私自身が制作陣の中に本当にいたと言えるプロダクション。必ず私自身の気持ちとなっていて、他の共作の作曲の方々とも対等な関係だった歌詞。Beautiful Liesは細部の一分(ぶ)にかかるまで正に私そのもののアルバムなんです。私自身がはっきりしないことは、絶対にそのままにして流してしまうようなことをしませんでした。「Maybe, okay.」というのが前のアルバムで自分がしたミスだったと思っているんです。Beautiful Liesでは自分は本当に"Bossy"、仕切り屋でした。(笑)

前作のFire Withinから3年が経つことになって、何が自分自身に自信を持たせたので?

大体はただ単に成長して歳を重ねただけです。自分自身の意見をもう少しだけもっとよく自分で理解するようになるというわけで。それと、私は1年前にロンドンに引越したんです。Beautiful Liesを書き始めていましたし、結局毎日ロンドンには行っていましたから。それに、ロンドンには親類もたくさんいたので、私の中に異論は無かったというわけです。ホームカントリーから離れて暮らして、あるいはええ、私が自由だとか私自身の力で生きているとかいうのは初めてのことだったんですよ。自分が暮らしている場所にはすごい影響を受けていると思います。カントリーサイドで暮らしていた時には、曲調はいつも本当に悲壮的で暗く、哀愁的で険しいものでした。ロンドンでは曲調にアップリフトな感じが付加している感じです。小慌ただしい感じと言うか、いつだって絶え間なく片付けなければいけないようなものがあるようで。カントリーサイドの私のホームにいたんだったら、きっと何度も思索して、考え直して、それから沈痛な曲を書いていたと思うんですが、ロンドンは戻って思い返している時間を与えてくれるものでなくて。

ロンドンでの仕事を楽しんでいるのですか?

まだ正直分からないでいます... 時々は楽しんでいますし、でも時々はただここでは息が詰まってしまうように感じて自分はカントリーサイドの家に帰らないととても無理だったりもしています。私がカントリーガールなのはいつまでも変わらないのだと思います。私にはあの空気が必要です。でも、自分はロンドンの中で本当にいい場所に暮らしていて近くには公園がたくさんあります。なので私はそこに行って、自分が田舎にいるだなんてみたいに自分自身を偽ってると。(笑)

あなたがコンサートピアニストの母と小説家の父の子だと聞いています。職業上にみて、どのような関係なのですか?アドバイスをもらいに行ったり指導を受けに行ったりする?

小さな頃から曲を書いたり、演奏したりする時にはいつも両親のところに行っています。両親は自分の演奏を始めに聴く人たちでしたし、いまでもある種そんな感じです。両親の意見をきくのが本当に好きです。自分が両親のところに行く時のことを考えると、もっと若かった時には「ねぇ、これどう思う?」みたいな感じで、浮かんだのがどういう感じだったのかを本当に気にしていました。今と言えば「うーん、しかしきっとこれはおかしい気がする―どう?」みたいな感じで意見的な相談をすることが少し増えました。

自分自身の考えに頼れるようになったってことね、言ってみれば。

Growing PainsとWild Horsesは、本当に自分(の存在)に気づいたというものなのだと、自分では思っています。

もう少し詳しく聞いていいかしら。

Growing Painsでは変わることについて書きました。というより、実際このアルバムの全体に渡って、変わることについて書いています。自分はラブソングを作曲するのが大好きなんですが、Growing Painsは成長すること、人々と別れて進むことについてのものなんです。私の友人たちは今みんな大学にいて、自分とみんなはこう別々のパスを進んでいて会うことがないといったような。それでいいのです、それは自然です、でも、つらいことには変わりない。Wild Horsesは強くなって、自分自身で地を踏んで立つことについて書きました。恋人との関係も要らないもので。私のまわりの人たちが経験してきたことを曲にしているんですが、私自身は自分の心が粉々に粉砕してしまったことはありません。失恋を経験したことはありません。でも私のまわりの人たちは挟む口無くそんな経験をしてきている。

8歳の時に始めて書いた曲も愛についてのものだったとお聞きしました。どうしてそうまで愛に関して熱中するのですか?

分かりません...愛にはたくさん書くことに、たくさんの主題があって―私が8歳で書いていたものは本当に長い曲で悲しいラブソングでしたが、かといって自分が何かそんな経験があったわけではありませんでした。恋人もいませんでした(笑)。 それなのに、私と言えば今もまだずっと愛について書いていると。ただ本当に、愛はパワフルなことなんだって思います。

Beautiful Liesにはカヴァー曲は含まれていないものの、それでも多くの人々はあなたが『カヴァーアーティスト』の一人だと思っています。

あのカヴァー曲のリストを作った時のプロセスはどんなものだったんですか?どうしてカヴァーをしようと?

原曲じゃない自分のものが聞こえました。一番始めのアルバムでカヴァーした曲のどれも本当に大好きな曲なんです。その曲を私がまさしく分かっていたわけではないですが。本当によく分かっていたら、演奏してみると、在るものと変わらないものができることろで私には変更が可能だったんですからね。あのカヴァーアルバムは私にとっては本当に実験でした。あの頃は学校に通っていて、自作の作曲の方に力点を置くにも、他の方の作品を利用するにも、両方が可能な状態でした。そこで、正直に答えて、自分はカヴァーは手練と言えるものではありませんでした。初めのアルバムは実験だったわけです。それでカヴァーを選んだんですから。

映画のために作曲したり、歌ったりしていることについてもお聞きします。

これまで「メリダのおそろしの森」のサウンドトラックではLearn Me Rightを歌ってきたり、「きっと、星のせいじゃない。」でも数曲を提供されてきました。

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