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次期大統領は確実!? ケイコ・フジモリ氏ってどんな人?

現地時間4月10日に行われた南米ペルーの大統領選挙で、アルベルト・フジモリ元大統領の長女、ケイコ・フジモリ氏が首位となり、2位の候補者との決戦投票に挑むことになりました。地球の裏側だけど、日本人ならなんとなく気になるこのニュースをまとめます。

更新日: 2016年04月12日

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この記事は私がまとめました

ペルー大統領選挙、ケイコ・フジモリ氏が首位で決選投票へ

ペルーの大統領候補者。
スペイン語読みでは「ケイコ・フヒモリ」という発音が近い。

ペルーで大統領選挙の投票が始まり、フジモリ元大統領の長女で支持率のトップを走るケイコ・フジモリ氏が当選に必要な過半数の票を獲得できるか注目されます。

開票率40%現在、フジモリ元大統領の長女、ケイコ・フジモリ氏が得票率39%で他候補に大差をつけ首位に立っている。

ペルーの大統領選挙では、過半数に届かない場合は2位の候補との決選投票へ。

ペルーの大統領選挙は、得票が過半数に届く候補がいない場合は1位候補と2位候補による決選投票が実施される。決選投票は6月5日に予定されている。

選挙には合わせて14人が立候補し、このうち1990年から10年にわたって大統領を務めたアルベルト・フジモリ氏の長女、ケイコ・フジモリ氏は悪化している治安を軍を投入して改善するなどと訴え、父親さながらの強いリーダーシップをアピールしてきました。

ケイコ氏は前回2011年の大統領選決選投票でウマラ氏に惜敗しており、今回が2度目の挑戦。地方で積極的に遊説して貧困層の支持を集め、支持率16%で2位のクチンスキ元首相(77)に大差をつけており、最有力候補だ。

選挙戦には14人が立候補しているが、各候補の公約に大きな差はなく、「フジモリ」対「反フジモリ」の争いという構図が鮮明となっている。

決選投票になれば、落選候補への票がどちらに流れるかが焦点になります。
「反フジモリ」派の票は公約の似た2位のクチンスキ元首相に多く流れるという見方が大勢のようです。

ペルーの貿易額としては、2014年に輸出入ともに、中国相手がトップであり、経済的な関係が強い。ここで再び日系人のフジモリ氏が大統領として選ばれれば、日本との関係強化のきっかけとなるかもしれない。

ケイコ・フジモリ氏 略歴

ケイコ・フジモリ氏は元大統領、アルベルト・フジモリ氏を父に持つペルーの政治家。
日系三世。

ケイコ・ソフィア・フジモリ・ヒグチ(Keiko Sofía Fujimori Higuchi、日本名:藤森 恵子(ふじもり けいこ)、1975年5月25日 - )は、ペルーの実業家、政治家。フエルサ2011党首を務める。

ペルー共和国第91代大統領アルベルト・フジモリと、スサーナ・ヒグチの長女(第1子)としてペルーの首都・リマに生まれる。

1993年、米国に留学しニューヨーク州立大学ストーニブルック校に入学。1997年にボストン大学を卒業。その後ペルーに帰国するが、2004年に再度渡米し、コロンビア大学ビジネススクール修了。学位はMBA。

コロンビア大学では、後に夫となるイタリア系アメリカ人のマーク・ビラネラ(IBMコンサルタント)と出会っています。

1994年8月には、当時大統領職にあった父アルベルトと母スサーナが離婚したことを受け、母の代わりに19歳でペルーのファーストレディに指名された。ファーストレディとしての仕事は父・アルベルトが2000年に大統領職を罷免されるまで続けた。

父アルベルトと同じく政治家である母、スサーナ・ヒグチは1994年に離婚。
ケイコは19歳にして“ファースト・レディ”となりました。

父アルベルトとのツーショット。

2006年にペルーの総選挙に出馬したケイコ・フジモリは、元大統領の娘という圧倒的な知名度を背景に、ひとつの選挙区としては過去最大の個人得票となる60万票あまりを集めて当選。国会議員となった。

ケイコ氏は2011年の前回大統領選挙にも立候補したが、人権侵害罪で禁錮25年の有罪判決を受けた父の強権的な政治姿勢を批判する「反フジモリ票」に苦しみ、決選投票で敗北した。

この教訓を生かした今回は「父と私は違う」「過去ではなく、未来のために闘う」と繰り返し演説。父と距離を置く姿勢を強調し、支持を広げている。

かつて、自分が大統領となった暁には父に恩赦を与えるという発言をしましたが、後に撤回。
現在は父と距離を置く姿勢を強調しています。

ケイコ・フジモリ氏への評価

ケイコ支持の背景には、1980年代のハイパーインフレを押さえ込んでペルー経済を立て直し、麻薬組織および左翼ゲリラによる国内の混乱を沈静化させ、貧困層への富の再分配を行った父アルベルトへの賞賛がある。

ケイコ氏は「インフラへの公共投資を進めてペルー経済や鉱物資源の輸出に弾みをつける」と主張しているほか、貧困対策を訴えて貧困層からの支持も集めている。

最有力とみられるケイコ氏の戦いに影響を与えているのが、父親のフジモリ元大統領の光と影だ。フジモリ元大統領は1996年12月、首都リマにあった日本大使公邸で左翼ゲリラが人質を取って立てこもった事件で特殊部隊を突入させて人質を解放したほか、テロの撲滅や経済の立て直しに手腕を発揮した。

一方で、反対派からの批判も根強い

しかし一方でペルー国内では、政権末期に憲法停止や人権抑圧を行ったアルベルトへの反発も強固に存在している。たとえばノーベル賞作家バルガス・リョサは、「罪に問われ、収監されている独裁者の娘が当選したら国の破局だ。阻止するために、あらゆる手段をとる」と発言しているほか、「父親の恩赦以外に目立った政策がない」「恩赦は民主主義に反する」といった批判が、従来のペルー政治を支配してきた富裕層・保守層を中心に展開されている。

アルベルト・ケンヤ・フジモリ・フジモリ、現日本名:片岡 謙也(旧姓・藤森)。
第91代ペルー大統領。ペルーと日本の二重国籍。

アラン・ガルシア政権時代に混迷を深めたペルー経済を立て直し、麻薬組織および左翼ゲリラを中心としたペルー国内の混乱に一定の歯止めをかけた実績が評価されている。2010年、1990年代にペルーで起きた軍特殊部隊(コリーナ部隊)による民間人殺害事件で有罪となり、禁固25年の刑で服役中。

離婚した母に代わり、史上最年少で「ファーストレディー」を務めたケイコ氏に父のイメージを重ねる有権者も多く、「娘への投票は、父親への投票と同じだ」とフジモリ氏の批判勢力に支持を呼び掛ける対立陣営の動きも根強い。

アルベルト氏は在任中に経済改革や貧困対策などを強化。1996年の日本大使公邸人質事件では強いリーダーシップを発揮したが、「汚職」や「独裁」といった負のイメージも強く、現在は虐殺事件の人権侵害罪で禁錮25年の刑に服している。父の功罪を巡る評価が、ケイコ氏の勝敗の行方を左右しそうだ。

地元メディアの報道によると、2011年にケイコ氏と争ったウマラ大統領が、フジモリ元大統領を「汚職政治家であり、殺人者」と非難しているほか、世論調査で2位につけるクチンスキ元首相もフジモリ陣営に対し「我々は15年前、腐敗した独裁政治を終わらせた。国民の金を着服する政治家を我々は望んでいない」と述べ、攻撃を強めている。

決選投票では、フジモリ元大統領のかつての強権政治を批判する有権者がケイコ・フジモリ氏の対立候補に投票する可能性が高い。4月5日には首都でフジモリ氏反対派による数万人規模のデモを行われた。

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