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大平透さん死去…忘れられないハクション大魔王や喪黒福造の声

ハクション大魔王、喪黒福造、スーパーマン、ダースベイダーなど個性的なキャラの心に響く声を担当された声優大平透さんが4月12日肺炎のため亡くなられました。86歳でした。

更新日: 2016年04月14日

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■声優の大平透さん死去

享年86歳。ご冥福をお祈りします。

「病気療養中のところ肺炎のため平成28年4月12日86歳で永眠致しました。ここに生前中のご厚誼を深謝し、謹んでご報告申し上げます」と大平さんの訃報を伝えた。

所属事務所の代表取締役・南沢道義氏

葬儀は、家族葬にて執り行われ、後日「お別れの会」を執り行うと発表

▼芸能界からも惜しむ声が届けられている

大平透さん、渋い演技はもちろん、三枚目の演技が大好きでした。スタジオでも楽しいお話を沢山聞かせていただきました。厳しくも、本当に優しい先輩でした。謹んでご冥福をお祈りいたします。

【喪黒福造・ハクション大魔王…大平透さん死去headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160414-…】シンプソンズの吹き替えでお世話になりました。次のシーズンも続投して頂きたかった。ホーマーが亡くなったくらい悲しいですが、先に天国にいらっしゃるバーンズ社長に名前覚えてもらえると良いですね!

大先輩の大平透さんが旅立たれた。若い頃、色々教えて貰いました‼️『おい、千葉〜』という野太く優しい声が今にも聞こえて来そうです。お疲れ様でした‼️ 合掌。

■大平透さんの略歴

父親の仕事の関係で、生後8ヶ月でインドネシアに移り、5歳までジャワバンドンで過ごす

帰国後は大田区で過ごしたが、住んでいた家屋が国道の拡幅事業に関わっていたため、退去を余儀なくされ、それを機会に疎開を兼ねて四国などに移り住む。

明治大学休学を経て1952年にアナウンサーデビュー。

復学しようとしていたところへ、父親から勧めを受けてラジオ番組の専属アナウンサーのオーディションを受けて合格し、1952年にアナウンサーデビュー。

フリーアナウンサーを経て、1954年、ニッポン放送開局とともに、フリーのアナウンサー・制作プロデューサー・ディレクターとして週2本のドキュメンタリーを制作していた。

ハクション大魔王の「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん」はあまりにも有名。

1955年、ラジオ東京テレビ(現:TBSテレビ)開局とともに、TBS劇団へ入団、同年フライシャー・スタジオ版「まんが・スーパーマン」で日本のテレビ史上初の日本語吹替えを行う。

昭和44年に放送が始まったテレビの人気アニメ「ハクション大魔王」で、主人公の魔法使い役

独特の低い声で「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん」と、つぼから登場するシーンがお茶の間の人気

笑ゥせぇるすまんの喪黒福造はインパクトがあった。

平成元年に放送が始まったアニメ「笑ゥせぇるすまん」では主人公の謎のセールスマン「喪黒福造」の声

『科学忍者隊ガッチャマン』の南部博士役、『おそ松くん』デカパン役など、数々の人気キャラクターを担当した

海外TVドラマや映画の日本語吹替えでも、数多くの作品で大活躍。

ダース・ベイダーの吹き替えもされていたのが意外でした。

テレビシリーズ「スーパーマン」でスーパーマンの声を吹き込んだほか、『スター・ウォーズ』シリーズのダース・ベイダーの吹き替えなどで多くのファンから愛された。

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