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『20世紀を発明した男』アメリカの歴史に消された天才科学者二コラ・テスラ

マッドサイエンティストとして有名な彼の発明とアメリカ政府による戦争利用、それとは裏腹に自然破壊を必要としない人類の繁栄を夢見た彼の功績をまとめました。

更新日: 2016年04月28日

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mosyakoさん

幼少期

1856年、現在のクロアチア西部に生まれました。

彼には7歳違いの兄デンがいましたが、デンは早くから「神童」と呼ばれていました。二コラ自身も後にデンのことを「生物学的に説明する事が出来ない程稀にみる天才的知性」だったと語っています。

兄の死が彼の人生を左右する

兄デン(12歳で馬に蹴られた事故死といわれている)、姉が2人、妹が1人。兄を失った5歳の頃から幻覚を頻繁に見るようになったとされる。また、「テスラ以上の神童」と呼ばれた兄を上回るために勉学に励み、特に数学において突出した才能を発揮したとされる。

デンは12歳の時に落馬事故により亡くなります。しかしながら、一説によればデンは地下室の階段から転げ落ちて亡くなっており、その最期に「弟に突き落とされた」とうわ言を言っているのです。

この時二コラ5歳。もちろん真偽は不明ですが兄の死が二コラの人格形成に何らかの大きな影響を与えたのは想像に難くありません。

あるいはそのことが引き金となったのでしょうか。彼は幼少期に頻繁に幻覚を見ていたそうです。

彼はこう述懐しています。
「少年時代、私は幻影に悩まされた。それはしばしば強烈な閃光と共に現れた。

それが現れると、視野の中に現実の物体は失せ、思考や行動も 妨げられるのだった。

それらの幻影は、かって私が実際に見た事のある物や景色であり、決して私が想像したものではなかった。

ある言葉が私に発せられると、その言葉が喚起するイメージがいきいきと私の脳裏に映り、時として、そのイメージが現実のものかそうでないのか、私自身見分ける事が出来なくなる事があった。」

その幻覚を伴う天才的な直感と集中力によりわずか5歳にして水車を発明、また聖書や古典詩なども暗記したそうです。まるで天才だった兄の魂が宿ったかの様に。

発明王エジソンの弟子であり最大のライバル

テスラはエジソンの元で、「交流発電システム」を完成させます。

しかし悲劇は起こりました。彼のボスであるエジソンは「直流発電システム」を支持し、電気に関する多くの特許権を独占していたのです。

テスラは直流式よりも遠距離の送電が可能で、コストも安い交流式の方が優れているとし、エジソンと真っ向から対立しました。

やがてテスラはエジソンの元で、「交流発電システム」を完成させます。

しかし悲劇は起こりました。彼のボスであるエジソンは「直流発電システム」を支持し、電気に関する多くの特許権を独占していたのです。

テスラは直流式よりも遠距離の送電が可能で、コストも安い交流式の方が優れているとし、エジソンと真っ向から対立しました。

「交流式」と「直流式」の電流戦争
エジソンの一派は、交流式が危険であるとして、犬や猫を交流式発電機につなげて感電死させるという、えげつないパフォーマンスを各地で催し、テスラを批判しました。

一方テスラは「テスラ・コイル」と言われる高周波発電機を使って、100万ボルトの電流を自らの体に流し、バチバチと稲妻を放電するショウを人々に見せました。この電撃ショウは、大衆の圧倒的な支持を受けて、テスラは「電気の魔術師」と呼ばれました。

結局この「電流戦争」はテスラが勝利し、今日交流電力は世界中で利用されています。家庭用のコンセントに供給されているのもこの交流電気です。

20世紀を発明した科学者

19世紀の終わりから20世紀初頭は、数々の科学者たちによって電気や電波の技術が飛躍していった時代でした。
しかしその中でもテスラの先進性は圧倒的だったといえるでしょう。

モーター・蛍光灯・ラジオ・ラジコン・電子レンジ・テレビなどは全てテスラの発明なしには語れません。

また、エネルギーを無線で転送する実験にも成功しています。この技術は現代の誰もが持っている携帯電話やICカードへと発展していきます。

電流戦争を制した彼は、無線電波による情報通信やエネルギー供給を目指していくのです。

このころから徐々に狂気に取りつかれてゆく、それが後のマッドサイエンティストとしての彼のイメージを作り上げた

彼はESP(超感覚知覚。いわゆるテレパシーなどの超能力)を信じ、脳を刺激するために有害なX線を頭に照射するなどの奇行に及びました。

そして、小型の発振機によって建物を破壊する実験を繰り返しました。彼は新聞記者や友人に、「私はエンパイア・ステートビルを数分でがれきの山に変えられる。この地球だって数ヶ月から1,2年かければまっぷたつに割ることができる」と語りました。

彼はラジオ受信機を使って火星からのメッセージを受信したと発表し、アインシュタインの一般相対性理論は間違いだと主張し、惑星間通信を計画し、思考をイメージ化する装置を研究しました。1930年ごろには電波スカラー兵器や超音波銃の発明に熱中するようになりました。

そしてテスラは大衆から、頭のおかしい奇人・マッドサイエンティストと噂されるようになったのです。彼を支持するのは一部のオカルティストだけでした。

晩年のテスラは、ホテル住まいで孤独に過ごしました。彼の唯一の友人はハト。生涯結婚もせず、公園でたくさんのハトたちに覆われて餌をまくのが楽しみだったようです。彼はひっそりと86歳でこの世を去りました。彼は偉大な科学者・発明家でしたが、不遇の天才でもあったのです。

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